どうも。私は、プロ鉛筆画家の中山眞治です。

筆者近影 作品「月のあかりに濡れる夜Ⅳ」と共に
さて、時間をかけて鉛筆画やデッサンを完成させたものの、最後の作品のタイトルがなかなか決まらず、悩んだ経験はないでしょうか?
作品名は単なる目印ではありません。鑑賞者が作品を観る前に受け取る最初の言葉であり、描かれた世界へ入っていくための入り口でもあります。
一方で、作品の内容をそのまま説明したタイトルでは、観てくださる人の想像を狭めてしまうことがあります。反対に、作品とかけ離れた難しい言葉を選べば、制作意図が伝わりにくくなるかもしれません。
大切なのは、作品の主題や制作中の感情を振り返りながら、鑑賞者が自由に物語を思い描ける余地を残すことです。
尚、筆者の場合には、制作する前にタイトルを決めてから進むことも多いです。たとえば次の作品などでは、モチーフと画面上の構成を、最初にイメージの中で組み立てました。

第3回個展出品作品 遠い約束Ⅱ 2024 SM 鉛筆画 中山眞治
事前にイメージが湧かない場合には、記事の中で別の着想の仕方を得られますので、読み進めてください。
この記事では、作品の印象と余韻を深め、心に残るタイトルを考えるための7つの方法を詳しく解説します。
それでは、早速見ていきましょう!
作品のタイトルが観てくださる人の第一印象を左右する

作品のタイトルは、完成後に便宜的につける単なる名称ではありません。展覧会の案内や作品一覧、SNSなどでは、鑑賞者が作品そのものを観る前にタイトルを目にすることもあります。
その短いタイトルの言葉から、何らかの情景や感情を思い浮かべ、無意識のうちに「どのような作品なのだろう」、と想像し始めるのです。
とくに鉛筆画やデッサンは、色彩に頼らず、白・黒・灰色の濃淡によって世界感を表現します。そのため、作品のタイトルが鑑賞者の受け取り方に与える影響も小さくありません。
本章では、作品のタイトルが鑑賞者の第一印象をどのように左右し、作品との出会いを深めていくのかについて解説します。
鉛筆画に、作品の思いを伝えるタイトルを添えてみませんか?
鉛筆画・デッサンの上達法や、作品の完成度を高める構図・光と影・表現の工夫を、メールマガジンでお届けしています。
プロの鉛筆画家として制作を続ける中で学んできたことを、初心者の方にも分かりやすくお伝えします。
登録は無料です。いつでも解除できます。
作品を観る前から鑑賞者の想像は始まっている
展覧会では、作品の下や横に掲示された題名を先に読み、それから画面へ視線を移す人も少なくありません。また、SNSやホームページでは、投稿文や作品情報に記されたタイトルを見てから画像を確認することもあります。
たとえば、夜の風景を描いた作品に「夜景」というタイトルがついていれば、鑑賞者は描かれている状況をそのまま受け取るでしょう。
しかし、「眠らない記憶」や「静かな夜」のようなタイトルであれば、同じ夜景から、過ぎ去った時間や人の気配、心の内側にある感情まで想像するかもしれません。
つまり、鑑賞は作品を観た瞬間に始まるのではなく、タイトルを読んだ時点ですでに始まっていることになります。
題名によって生まれた小さな疑問や期待が、画面をより丁寧に観ようとするきっかけにもなるのです。次の作品を参照してください。

静かな夜Ⅱ 2023 F10 鉛筆画 中山眞治
同じ作品でもタイトルによって観え方が変わる
一枚の作品には、作者が描こうとした主題だけでなく、鑑賞者それぞれの経験によって異なる意味が生まれます。そこへタイトルが加わることで、観てくださる人が注目する場所や感じ取る雰囲気も変化します。
人物が一人で窓辺に立つ作品に「窓辺の人物」とつければ、姿勢や服装、室内の様子などへ関心が向きやすくなるのです。
一方、「帰らない人を待つ」とつければ、窓の外や人物の表情、背後に広がる空間にも物語を探そうとするでしょう。
このように、タイトルは画面に描かれたものを変えなくても、鑑賞者の視線を導き、作品に新しい意味を加えます。何に注目してほしいのかを考えて言葉を選ぶと、作品の印象をより深く伝えられます。
タイトルは作品を説明するためだけのものではない
作品のタイトルを考える際に、描かれているモチーフを正確に説明しなければならないと思うことがありませんか?
しかし、作品の内容をすべて言葉で説明してしまうと、観てくださる人が自由に想像できる範囲を狭めてしまう可能性があります。
タイトルに必要なのは、作品の答えを示すことではありません。作者が感じていたことや、作品の奥にある主題へ近づくための手がかりを、さりげなく差し出すことです。
タイトルを読んだ鑑賞者が、「なぜこの言葉を選んだのだろう」「この先には何があるのだろう」、と考え始めれば、作品を観る時間は自然に長くなります。
説明する言葉ではなく、想像を促す言葉として考えることが、心に残る題名をつくる第一歩です。次の作品も参照してください。

第1回個展出品作品 休日 1998 F10 鉛筆画 中山眞治
作品と鑑賞者を結ぶ小さな入り口をつくる
作者は作品を完成させるまでに、モチーフを選び、構図を考え、濃淡を調整しながら多くの時間を重ねています。
しかし、鑑賞者はその制作過程を知りません。初めて作品と向き合ったときには、画面に描かれた情報から、その背景を想像していくことになるのです。
そこで役立つのが作品のタイトルです。適切な言葉が添えられていれば、鑑賞者は作者の意図へ近づきながら、自分自身の記憶や感情も作品に重ねられます。
ただし、入り口は一つでも、その先にある受け取り方まで限定する必要はありません。作者の思いを伝えながら、観てくださる人が自由に想像できる余地を残すことが大切です。
優れたタイトルは、作品の前に立つ人を静かに招き入れ、描かれていない物語まで感じてもらうための橋渡しにもなります。
作品の中で最も伝えたい主題から言葉を探す

作品のタイトルがなかなか決まらないときには、目の前に描かれているものを、そのまま言葉にしようとしていることもあるでしょう。
しかし、木を描いたから「一本の木」、人物を描いたから「少女」と名づけるだけでは、その作品を制作した理由や、作者が込めた思いまでは伝わりません。
作品の中心には、モチーフとは別に、作者が表現しようとした主題があります。その主題を見つけることが、作品にふさわしいタイトルへ近づく出発点です。
本章では、制作の目的やモチーフに込めた意味を振り返り、作品の中心にある言葉を見つける方法について解説します。
描いたものではなく「なぜ描いたのか」を振り返る
タイトルを考えるときには、最初に「何を描いたのか」ではなく、「なぜ、それを描こうと思ったのか」、を振り返ってみましょう。
同じ古いイスを描いた作品でも、形や質感に魅力を感じた場合と、亡くなった家族との思い出を表現したい場合では、作品の主題は異なります。
前者では年月を重ねた木の美しさが中心となり、後者では人の不在や残された記憶が中心になるでしょう。
制作を始めた理由を短い文章で書き出すと、自分でも意識していなかった主題が見えてきます。その文章の中に繰り返し現れる言葉や、最も強く感じる言葉が、タイトルを考える重要な手がかりになります。
作品の主役となるモチーフを書き出してみる
次に、作品に描かれている主要なモチーフの名称を、思いつくまま書き出します。人物、建物、樹木、雲、光、影など、画面の中で重要な役割を担っているものを挙げてみましょう。
そのうえで、それぞれのモチーフから連想する言葉を加えます。たとえば、窓であれば「外の世界」「境界」「希望」、枯れ木であれば「孤独」「時間」「再生」などが考えられます。
最初から、美しい題名を選ぼうとする必要はありません。連想した言葉を並べることで、モチーフが作品の中で持っている意味が整理されるのです。
描かれている形と、そこへ込めた意味を結びつけると、表面的な説明にとどまらないタイトルを考えやすくなれます。
制作中に繰り返し考えていたことにも注目する
作品の主題は、制作中の思考にも現れます。鉛筆を動かしながら、何度も思い出していた場面や、心の中で繰り返していた言葉がなかったかを振り返ってください。
静かな夜景を描いているときに、「この時間がいつまでも続いてほしい」、と感じていたのであれば、「静けさ」だけでなく、「失いたくない時間」、が作品の主題かもしれません。
制作中に抱いていた思いは、完成した画面だけからでは読み取れないこともあるのです。
だからこそ、その思いを一つの言葉に置き換えることで、作品に込めた内容を題名へ反映できます。制作時の感情をメモしておく習慣も、後からタイトルを考える際に役立ちます。
作品の中心にある一つの主題へ言葉を絞り込む
多くの時間をかけた作品には、さまざまな思いやイメージが含まれています。しかし、それらをすべてタイトルへ詰め込むと、言葉が長くなり、最も伝えたいことが見えにくくなってしまうのです。
書き出した言葉の中から、「この作品から一つだけ伝えるとしたら何か」、と問いかけてみましょう。そして、削っても作品の意味が変わらない言葉を少しずつ外していきます。
最後に残った主題を中心に題名を組み立てれば、短くても芯のある表現になります。一つに絞ることは、作品の意味を狭めることではありません。作者が鑑賞者に差し出す、最初の手がかりを明確にすることなのです。
描かれたモチーフだけでなく、「なぜ描いたのか」を振り返ることで、作品の主題が見えてきます。制作中の思いや連想した言葉を整理して、中心となる一つへ絞り込むことが、作品にふさわしいタイトルにつながります。
制作中に生まれた感情や記憶を手がかりにする

作品のタイトルを考える材料は、画面に描かれたモチーフだけではありません。制作中に感じていたことや、描きながら思い出した出来事の中にも、その作品にしかつけられない言葉が隠れています。
自分自身の感情や、記憶から生まれたタイトルには、ありふれた言葉では表せない深みが加わります。ただし、個人的な事情を詳しく説明しすぎると、鑑賞者が作品へ入り込みにくくなることもあるのです。
本章では、制作中の感情や記憶を振り返り、それを鑑賞者にも伝わるタイトルへ整える方法について解説します。
描き始めたときの気持ちを思い出す
まず、作品を描こうと思ったときの気持ちを振り返ってみましょう。「美しいと感じた」「懐かしかった」「失いたくないと思った」など、制作の出発点には何らかの心の動きがあったはずです。
たとえば、雨上がりの道を描いた場合でも、濡れた路面の輝きに心を動かされたのか、過ぎ去った季節を懐かしく感じたのかによって、ふさわしいタイトルは変わります。
完成した作品だけを見ながら考えると、形や構図に意識が向きがちです。描き始める前の感情にまで戻ることで、技法やモチーフの奥にある、作品本来の出発点を思い出せるのです。
作品に重なっている自分の記憶を見つめる
何気なく選んだモチーフにも、自分自身の記憶が重なっていることがあります。古い建物に幼い頃の暮らしを感じたり、夕暮れの風景から大切な人との別れを思い出したりすることもあるでしょう。
このような記憶は、作品に独自性を与える大切な要素です。いつ、どこで、誰と見たものなのか、そのとき何を感じたのかを書き出すと、作品と自分とのつながりが明確になるのです。
ただし、出来事をそのまま長い文章にすることはありません。記憶の中で最も印象に残っている場面や感覚を一つ選び、それを象徴する言葉へ置き換えることで、簡潔で余韻のあるタイトルに近づけられます。
喜び・寂しさ・静けさなどの感情を言葉にする
自分の気持ちを正確に表すには、最初に「喜び」「寂しさ」「静けさ」「不安」、といった基本的な感情を書き出します。そこから、より作品に近い言葉へ掘り下げていきましょう。
同じ「静けさ」でも、心が安らぐ穏やかな静けさと、人の気配が消えた寂しい静けさでは、受ける印象が異なります。
「待つ静けさ」「夜明け前の静けさ」のように、感情が生まれた状況を加えると、作品固有の表現にもなるのです。
感情を大げさな言葉で飾る必要はありません。自分自身が制作中に本当に感じていたことを丁寧に選ぶ方が、作品との違和感がなく、観てくださる人の心にも自然に届きます。
個人的な体験を誰もが受け取れる表現へ整える
作者の体験をそのままタイトルにすると、事情を知らない人には意味が伝わりにくい場合があります。そこで、個人的な出来事の中にある、誰もが理解できる感情へ目を向けます。
たとえば、「祖父と歩いた故郷の道」という記憶には、「懐かしさ」「失われた時間」「大切な人とのつながり」といった、多くの人に通じる感情が含まれているのです。
それを「遠い日の帰り道」と表せば、鑑賞者は自分自身の記憶を重ねられるでしょう。
作者の体験を隠すのではなく、その中心にある感情を広く受け取れる言葉に整えることが大切です。それによって、個人的な記憶から生まれた作品が、観てくださる人それぞれの物語へと広がっていきます。

制作の出発点となった気持ちや、作品に重なる記憶を振り返ると、独自性のある言葉が見つかります。その体験の中心にある感情を、鑑賞者も受け取れる表現へ整えることで、心に残るタイトルになるのです。
作品タイトルだけでなく、構図や光と影を通して感情を伝える方法については、次の記事で詳しく解説しています。 LS314「観てくださる人の心に余韻を残す!感情が伝わる作品づくり7つのポイント【鉛筆画・デッサン】」
鑑賞者の想像を狭めない、想像の余地のあるタイトルをつける

作品のタイトルには、作者の意図を伝える役割がある一方で、鑑賞者が自由に想像できる余地を残すことも求められます。
作品に込めた意味をすべて言葉で説明してしまうと、鑑賞者は示された内容だけを正解として受け取り、それ以上の物語を考えにくくなってしまうのです。
とくに鉛筆画やデッサンでは、濃淡、背景、光と影の境界などが、観てくださる人の想像力を刺激します。タイトルにも同じような想像の余地があれば、作品の世界はさらに広がります。
本章では、作品の意味を限定せず、鑑賞者が自分なりの物語を重ねられるタイトルの考え方について解説しましょう。
作品の内容をすべて説明しない
タイトルを考える際には、描かれている場所や人物との関係、作品の背景まで正確に説明したくなることもあるでしょう。しかし、情報を盛り込みすぎると、タイトルが作品の解説文になってしまいます。
たとえば、海を見つめる人物を描いた作品に、「故郷を離れる前日に海を眺める女性」とつけたとすれば、状況はよく分かります。その一方で、鑑賞者が別れや希望、孤独などを自由に想像できる余地は少なくなるのです。
「旅立ちに馳せる思い」や「遠い海へ」のように、場面の一部だけを示す題名にすれば、作品の主題を伝えながら、描かれていないイメージの広がりを鑑賞者に委ねられます。
意味を一つに限定しない言葉を選ぶ
想像の余地のあるタイトルをつくるには、いくつかの意味に受け取れる言葉を選ぶ方法があります。一つの言葉に複数の解釈が含まれていれば、鑑賞者は自分の経験や感情を通して作品を観られるのです。
たとえば、「境界」という言葉は、場所を分ける境目だけではなく、光と影、過去と未来、現実と記憶など、さまざまな意味を持ちます。
「残された光」という表現も、実際の光景だけではなく、希望や思い出として解釈できるでしょう。
難しい言葉を使う必要はありません。日常的な言葉でも、作品との組み合わせによって新しい意味が生まれます。明確さと曖昧さの両方を持つ言葉が、観てくださる人の想像を広げます。
疑問や続きを感じさせる表現を取り入れる
物語の途中を切り取ったようなタイトルには、鑑賞者に「この前には何があったのか」「この後はどうなるのか」、と考えさせる力があります。
「待つ人」「帰らない夜」「扉の向こうへ」、といった言葉は、状況のすべてを明らかにしていません。それでも、人物の行動や時間の流れを感じさせるため、観てくださる人は自然に物語の続きを想像するのです。
疑問文を使う方法もありますが、答えを求めるような長い題名にする必要はありません。誰が、なぜ、どこへ向かうのかをあえて語らず、その気配だけを示すことで、作品を観つめる時間を長くできます。
鑑賞者が自分の物語を重ねられる余地を残す
作品は作者の体験や考えから生まれますが、完成した後は、鑑賞者一人ひとりの受け取り方によって新たなたくさんの意味を持ちます。作者には寂しさを表した作品でも、ある人には心が落ち着く風景として映るかもしれません。
タイトルで感情を一つに決めつけず、観てくださる人が自分の思い出や経験を重ねられるようにすると、作品との間に個人的な結びつきが生まれます。
作者の意図をまったく示さないのではなく、物語へ入る方向だけをそっと伝えることが大切です。その先は鑑賞者に委ねることで、同じ作品からいくつもの物語が生まれ、長く心に残る表現になるのです。
作品の内容をすべて説明せず、複数の意味に受け取れる言葉や物語の続きを感じさせる表現を選びましょう。作者が入り口を示し、その先は鑑賞者へ委ねることで、想像の余地を持つタイトルになります。
タイトルと併せて、描かれていない前後の時間から物語を想像してもらう表現方法については、次の記事も参考にしてください。 LS318「一枚の絵に時間の流れを生み出す!描かれていない前後を想像させる表現テクニック7選【鉛筆画・デッサン】」
短い言葉と響きで覚えてもらえるタイトルにする

作品のタイトルは、作者の思いを伝えるだけでなく、作品を覚えてもらうための大切な名前でもあります。
展覧会で多くの作品を鑑賞した後でも、題名の響きが印象に残っていれば、その作品の構図や光景を思い出してもらえることもあるのです。
しかし、伝えたいことを盛り込みすぎると、タイトルが長くなり、中心となる言葉が埋もれてしまいます。
限られた言葉の中で作品の魅力を伝えるには、長さだけでなく、言葉の響きや組み合わせにも目を向ける必要があります。
本章では、覚えやすく、作品の余韻も感じられるタイトルの整え方について解説しましょう。
一度見ただけで記憶に残る長さを意識する
作品のタイトルには、決められた文字数があるわけではありません。ただし、あまりに長い題名は、一度読んだだけでは覚えにくく、作品よりも説明的な印象が強くなる場合があります。
最初に思いついたタイトルが長いときには、なくても意味が伝わる言葉を一つずつ外してみましょう。
たとえば、「静かな夜に一人で見上げた遠い星空」であれば、「静かな夜」や「遠い星空」のように、中心となる言葉へ絞り込めます。
短くする際に大切なのは、単に文字数を減らすことではありません。その作品らしさを支えている言葉を見極め、最も印象的な部分を残すことです。
声に出して言葉の響きを確かめる
文字で見たときには整っているように思えても、声に出すと読みにくかったり、言葉の流れが途切れて感じられたりすることもあります。タイトルの候補ができあがりましたら、実際に何度か音読してみましょう。
短い言葉と長い言葉の組み合わせ、同じ音の繰り返し、語尾の違いによっても印象は変わります。
「静かな夜」と「夜の静けさ」では、使われている言葉は似ていますが、前者は一つの場面を、後者は感覚や状態を強く伝えられるのです。
音の柔らかさや力強さが、作品の雰囲気と合っているかも確認してください。声に出したときに自然に流れるタイトルは、鑑賞者の記憶にも残りやすくなります。
作品の雰囲気に合った言葉の調子を選ぶ
タイトルには、使う言葉によって独特の調子が生まれます。静かな作品には穏やかで柔らかい言葉、緊張感のある作品には短く鋭い言葉を選ぶなど、画面の印象に合わせることが重要です。
たとえば、淡い光に包まれた風景に、強く断定するような題名をつけると、作品とタイトルの間に違和感が生まれます。
反対に、鋭いコントラストを生かした作品に穏やかすぎる言葉を添えると、画面の迫力が充分に伝わらないこともあるのです。
タイトルだけを美しく整えるのではなく、線の強弱や明暗、構図から受ける印象と調和しているかも確認しましょう。
複数の候補を並べて最も印象に残るものを選ぶ
最初に思いついたタイトルだけで決定せず、少なくとも5つ程度の候補を書き出してみましょう。同じ主題でも、名詞だけの表現、短い文章、象徴的な言葉など、形を変えることで選択肢が広がります。
タイトルの候補を並べましたら、作品を観ながら一つずつ声に出し、画面との相性を確かめます。その際には、意味が伝わるか、覚えやすいか、余韻があるかという三つの視点で比べると判断しやすくなるのです。
時間を置いて翌日に見直すことも効果的です。制作直後の思い込みから少し離れることで、その作品に自然になじむ言葉を落ち着いて選べます。

覚えやすいタイトルにするには、作品らしさを残しながら言葉を絞り、声に出して響きを確かめることが大切です。複数の候補を比較して、画面の雰囲気と最も調和する言葉を選びましょう。
説明的な言葉やありふれた題名を避ける

作品にふさわしいタイトルを考えていると、分かりやすさを優先するあまり、描かれている内容をそのまま説明する言葉を選んでしまうこともあるでしょう。
また、思いつきやすい言葉だけでまとめると、ほかの作品と似た題名になり、その作品ならではの印象が伝わりにくくなります。
ただし、珍しい言葉や難しい表現を無理に使えばよいわけではありません。大切なのは、作品の主題を保ちながら、作者自身の視点が感じられる言葉を選ぶことです。
本章では、説明的でありふれた題名を避け、作品固有の魅力を伝えるための考え方について解説します。
描かれているものを並べるだけの題名から離れる
人物、樹木、建物など、画面に描かれているものをそのまま題名にすれば、作品の内容は簡単に伝わります。
しかし、「木のある風景」や「イスに座る女性」だけでは、作者がなぜその場面を選んだのかまでは伝わりません。
最初にモチーフを題名にすること自体は、決して間違いではありません。そこから「この木のどこに心を動かされたのか」「この人物は何を感じているように見えるのか」、と問いかけることが重要です。
モチーフの名称に、時間、感情、光景の変化などを加えると、作品固有の題名へ近づけます。「一本の木」を「風を待つ木」とするだけでも、画面の中に時間と物語が生まれます。
人物であれば、「くつろぎの時間」や「つかの間の休息」なども使えるかもしれません。
よく使われる言葉に自分の視点を加える
「希望」「未来」「孤独」「静寂」などは、作品のタイトルによく使われる言葉です。これらは多くの人に伝わりやすい一方で、一語だけでは作品ごとの違いが見えにくい場合があります。
ありふれた言葉を避けるために、無理に難しい表現へ置き換える必要はありません。その感情がどこで生まれ、どのような状態なのかを考えてみましょう。
たとえば、「希望」であれば「夜明けを待つ光」、「孤独」であれば「誰もいない午後」のように、作品の情景と結びつけられるのです。
一般的な言葉に作者自身の視点を一つ加えることで、分かりやすさを残しながら独自性を持たせられます。
難しい言葉で作品を飾りすぎない
独創的なタイトルにしようとして、普段は使わない難解な言葉や、意味の分かりにくい外国語を選びたくなることもあるかもしれません。しかし、言葉の印象が強すぎると、作品そのものより題名が前に出てしまいます。
大切なのは、タイトルだけを格好よく見せることではなく、作品と自然に結びついていることです。自分自身が意味を充分に理解していない言葉は、作品への思いと食い違う可能性もあるのです。
難しい言葉を使う場合には、その作品に本当に必要なのか、より簡潔な言葉に置き換えられないかを確認しましょう。日常的な言葉でも、組み合わせ方によっては、深い余韻を生み出すことはできます。
ほかの作品と似ていないか確認する
題名の候補が絞れましたら、同じ題名や似た表現が多く使われていないかを確認することも大切です。とくに展覧会では、複数の作品に似た題名が並ぶことがあり、鑑賞者の記憶に残りにくくなこともあるのです。
ただし、すでに使われている題名をすべて避ける必要はありません。短い言葉が偶然重なることはあり、一般的な題名には著作権が認められない場合もあります。
重要なのは、ほかと違うことだけを目的にせず、自分の作品に最もふさわしいかを見直すことです。
作品の主題や、作者自身の体験と結びついた言葉であれば、似た題名があっても、その作品ならではの説得力が生まれます。
描かれたものを説明するだけの題名から一歩進み、作品の情景や作者自身の視点を加えましょう。難しい言葉で飾るのではなく、分かりやすさと独自性の釣り合いを整えることが大切です。
作品にふさわしい一案を客観的に選ぶ

複数のタイトルの候補を考えても、最後の一つを決められずに迷ってしまうこともあるでしょう。どの言葉にもそれぞれの良さがあり、作品への思いが強いほど、冷静に比較することが難しくなるからです。
そのようなときには、制作時の感情だけで判断せず、作品とタイトルを少し離れた視点から見直すことも必要になります。
展覧会やSNSなどで、初めて作品を観る人が、どのように受け取るかを想像すると、適切な言葉を選びやすくなるのです。
本章では、複数の候補を客観的に比較し、最終的なタイトルを決める方法について解説します。
作品の完成直後に決定せず時間を置く
作品が完成した直後は、達成感や疲労、制作中の強い思いが残っています。その状態では、作者にしか分からない言葉を選んだり、反対に深く考えず無難な題名で終わらせたりすることもあります。
いったん作品から離れ、できれば翌日以降に改めてタイトルの候補を見直してみましょう。時間を置くことで、制作中には気づかなかった画面の印象や、本当に伝えたかった主題が見えてくることがあるのです。
作品を部屋の離れた位置から眺めたり、写真に撮って確認したりするのも効果的です。鑑賞者に近い視点で作品と題名を見直すことで、両者が自然に結びついているかを判断できます。
作品とタイトルを並べて違和感を確認する
タイトルの候補は、言葉だけで比較するのではなく、実際の作品と並べて確認します。紙に書いた題名を作品の下や横に置くと、展覧会で表示されたときに近い状態で観ることができます。
その際には、「タイトルが作品を決めつけていないか」「画面の雰囲気と響きが合っているか」「作者の説明がなくても作品の印象を受け取れるか」、という点を確認しましょう。
言葉だけでは魅力的に思えても、作品と並べると大げさに感じられたり、反対に印象が弱く感じられたりする場合もあります。
少しでも違和感があれば、その理由を書き出し、言葉の長さや組み合わせを調整することが大切です。次の作品も参照してください。

第1回個展出品作品 家族の肖像 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
信頼できる人に受けた印象を尋ねる
自分だけでは判断が難しいときには、作品を信頼できる人に観てもらう方法もあります。
ただし、「どの題名が一番よいですか」、と結論だけを求めるのではなく、それぞれの候補から受けた印象を尋ねてみましょう。
作者が意図していた内容と、相手が感じた印象が大きく異なる場合には、言葉が充分に伝わっていない可能性があります。一方、自分では気づかなかった魅力を相手の感想から発見できることもあります。
最終的に決めるのは作者自身です。多数決で選ぶのではなく、第三者の受け取り方を知り、作品と題名の関係を見直す材料として活用しましょう。
展示や発表の場面を想像して最終決定する
タイトルは、展覧会の作品票や図録、ホームページ、SNSなど、さまざまな場所に掲載されます。最終決定の前に、実際に題名が表示される場面を想像してみましょう。
公募展へ出品する場合には、応募票へ正確に記入しやすく、読み間違いが起こりにくいことも大切です。連作であれば、各作品の違いが伝わるか、シリーズ全体の統一感が保たれているかも確認します。
作品の主題が伝わり、鑑賞者の想像する余地があり、画面の印象とも調和しているならば、そのタイトルは有力な一案です。
最後は作者自身が納得できる言葉を選び、作品を世に送り出すための正式な名前として決定しましょう。

完成後には時間を置き、作品とタイトルを並べて見直すことで、制作中の思い込みから離れられます。第三者の印象や発表する場面も参考にしながら、最後は作者自身が納得できる一案を選ぶべきです。
作品タイトルを含め、公募展で作品全体の印象を高めるために意識したいことについては、次の記事で詳しく解説しています。 LS315「公募展で評価される作品とは?審査員の心を動かす7つのポイント」
練習課題(3つ)
本章では、あなたが実際に手を動かして練習できる問題を用意しました。早速試してみてください。
作品の主題からタイトルの候補をつくる

目的
作品に描かれたモチーフの名前だけに頼らず、「なぜこの作品を描いたのか」を振り返り、作品の中心にある主題からタイトルを考える力を身につけます。
内容
これまでに完成させた作品の中から、一点を選んでください。その作品を見ながら、次の三つの質問への答えを紙に書き出します。
- なぜ、このモチーフを描こうと思ったのか
- 制作中に最も大切にしていたことは何か
- 鑑賞者にどのような気持ちで見てもらいたいか
書き出した内容から、とくに重要だと思う言葉を5つ選びます。その言葉を単独で使ったり、二つ組み合わせたりしながら、タイトルの候補を5案つくってみましょう。
ポイント
最初から美しい言葉を探そうとせず、自分自身が制作中に本当に感じていたことを率直に書くことが大切です。
「木」「人物」「建物」などのモチーフ名だけではなく、「待つ」「記憶」「静けさ」「旅立ち」など、その奥にある意味にも注目してください。
効果
制作の目的と言葉が結びつき、描かれているものを説明するだけではない、作品独自のタイトルを考えられるようになれます。
また、自分自身が、作品を通して何を表現したかったのかを、改めて確認する練習にもなります。
三つの方向からタイトルを比較する

目的
一つの作品に対して、異なる方向からタイトルを考え、それぞれが鑑賞者へ与える印象の違いを理解します。作者の意図を伝えながら、想像の余地を残す感覚を養うことが目的です。
内容
一枚の作品に対して、次の三つの方向からタイトルを一案ずつ考えます。
- 描かれているものを伝える説明的なタイトル
- 制作中の感情を表すタイトル
- 物語の続きを想像させるタイトル
たとえば、窓辺に置かれたイスを描いた作品であれば、「窓辺のイス」「残された時間」「帰りを待つ場所」のように、異なる方向から候補をつくれます。
三案ができましたら、それぞれのタイトルを作品の横に置き、画面の観え方や受ける印象がどのように変わるかを比べてください。
ポイント
言葉の美しさだけで選ばず、タイトルによって作品のどこへ視線が向かうかを確認しましょう。また、作品の内容を説明しすぎていないか、反対に意味が分かりにくくなっていないかも比較します。
効果
タイトルが、作品の印象や鑑賞者の視線を変えることを実感できます。説明、感情、物語という三つの方向を使い分けられるようになり、作品に最もふさわしい題名を柔軟に考えられるようになれます。
展覧会を想定して最終タイトルを選ぶ

目的
複数の候補を客観的に比較して、展覧会やSNSなどで初めて作品を観る人にも伝わるタイトルを選ぶ力を身につけます。
内容
練習課題1と2で考えたタイトルの候補の中から、最終候補を三案選びます。それぞれを別の紙に大きく書き、作品の下や横に一枚ずつ置いて確認してください。
次の三つの基準について、各候補を5点満点で評価します。
- 作品の雰囲気と合っているか
- 一度見た後に覚えやすいか
- 鑑賞者が自由に想像できる余地があるか
可能であれば、家族や知人にも作品と三つの候補を見てもらい、それぞれからどのような印象を受けたかを尋ねます。評価と感想を参考にしながら、最終的な一案を選びましょう。
ポイント
周囲の人に、単に「どれが一番よいか」、と尋ねるだけではなく、「この題名から何を想像したか」、まで聞くことが大切です。
ただし、多数決で決める必要はありません。第三者の意見は参考にとどめ、最後は作者自身が作品に最もふさわしいと感じるタイトルを選んでください。
効果
制作中の思い込みから少し離れ、鑑賞者に近い視点でタイトルを判断できるようになれます。作品と題名の調和を確認する習慣が身につき、公募展への出品や個展、SNSでの作品発表にも活用できます。
まとめ 作品のタイトルは鑑賞者の想像を広げるもう一つの表現

第3回個展出品作品 旅立ちの詩Ⅱ 2021 F4 鉛筆画 中山眞治
作品のタイトルは、完成した絵につける単なる名前ではありません。鑑賞者が作品と出会う入り口となり、画面の中に描かれた世界を、どのように受け取るかにも影響を与えるのです。
同じ作品であっても、タイトルが変われば、注目される場所や感じ取られる感情は変化します。人物の姿へ目が向く場合もあれば、その背景にある時間や出来事へ想像が広がる場合もあります。
作品を観る前から鑑賞は始まっていると考え、画面と調和する言葉を選ぶことが大切です。
タイトルがなかなか決まらないときには、「何を描いたのか」だけでなく、「なぜ描こうと思ったのか」、を振り返ってみましょう。
制作を始めた理由や、描きながら繰り返し考えていたことの中に、その作品の中心となる主題が隠れています。
また、制作中に生まれた感情や、自分自身の記憶も、題名を考える大切な手がかりです。喜び、寂しさ、静けさ、懐かしさなどを丁寧に掘り下げると、作品にしかない言葉が見えてくるのです。
作者の個人的な体験の中心にある感情を、誰もが受け取れる表現へ整えることで、鑑賞者は自分自身の記憶も重ねられるようになります。
ただし、作者の意図をすべて説明する必要はありません。作品の意味を一つに限定してしまうと、鑑賞者が自由に物語を思い描く余地が失われてしまうのです。
作者が入り口だけを示し、その先を鑑賞者へ委ねることで、一枚の作品からさまざまな物語が生まれます。
心に残るタイトルをつけるためには、次の7つを意識してみましょう。
- 作品を観る前から、鑑賞者の想像は始まっていると考える。
- 「何を描いたか」だけでなく、「なぜ描いたか」を振り返る。
- 制作中に生まれた感情や、記憶を言葉にする。
- 作品の内容をすべて説明せず、想像の余地を残す。
- 短く覚えやすく、作品の雰囲気に合う響きを選ぶ。
- ありふれた表現に、作者自身の視点を加える。
- 複数の候補を作品と並べ、客観的に比較して決める。
タイトルの候補ができましたら、文字で見るだけでなく、声に出して響きを確かめてください。さらに、紙に書いて作品の下や横に置くと、展覧会で掲示された状態を想像しやすくなれます。
時間を置いて観直したり、信頼できる人に受けた印象を尋ねたりすることも、思い込みから離れるために役立つのです。
鉛筆画及び鉛筆デッサンの上達を目指す、初心者から中級者の人にとって、タイトルを考える作業は、自分自身の作品を改めて見つめ直す機会にもなります。
構図や濃淡、描写力だけではなく、作品を通して何を伝えたかったのかを言葉にすることで、今後の制作テーマも明確になっていくでしょう。
題名だけを目立たせるのではなく、作品の主題、画面の雰囲気、作者の思いが自然につながる言葉を選ぶことが重要です。
作者から差し出された短い言葉をきっかけにして、鑑賞者の中でも新しい物語が始まれば、そのタイトルは作品の魅力をさらに深める、もう一つの表現になります。
作品タイトルを考える時間は、自分が何を感じ、何を表現したかったのかを振り返る機会にもなります。
鉛筆画やデッサンのように夢中になれる趣味を、人生の後半の生きがいや心の充実へつなげたい方は、次の記事も参考にしてください。 JT54「定年後に生きがいを失わないために|人生後半を楽しむ趣味の見つけ方」
鉛筆画に、作品の思いを伝えるタイトルを添えてみませんか?
鉛筆画・デッサンの上達法や、作品の完成度を高める構図・光と影・表現の工夫を、メールマガジンでお届けしています。
プロの鉛筆画家として制作を続ける中で学んできたことを、初心者の方にも分かりやすくお伝えします。
登録は無料です。いつでも解除できます。
ではまた!あなたの未来を応援しています。










作品のタイトルは、観てくださる人が作品と出会う最初の言葉です。何を描いたかだけでなく、どのような気持ちで観てほしいのかを意識することで、作品の第一印象と余韻をより深められるのです。