一枚の絵に時間の流れを生み出す!描かれていない前後を想像させる表現テクニック7選【鉛筆画・デッサン】

 こんにちは。プロ鉛筆画家の中山眞治です。

         筆者近影 作品「月のあかりに濡れる夜Ⅳ」と共に

 さて、丁寧に描き込んだ鉛筆画やデッサンであっても、観た瞬間にすべてが分かってしまうと、それ以上想像を広げてもらえません。

 一方、人物の視線や動き、差し込む光、床に残された痕跡などから、「この直前には何があったのだろう」「このあと、どこへ向かうのだろう」、と感じられる作品は、観てくださる人の心を惹きつけます。

 大切なのは、出来事を細かく説明することではありません。一枚の静止した画面の中に、過去・現在・未来へつながる手掛かりを配置することです。

 この記事では、幻想的な雰囲気の作り方ではなく、描かれていない前後の時間を想像させるための7つの表現テクニックを、鉛筆画やデッサンの制作に取り入れやすい形で解説します。

 それでは、早速見ていきましょう!

Table of Contents

一枚の場面を「出来事の途中」として捉える

 一枚の鉛筆画やデッサンに、時間の流れを感じてもらうためには、目の前の状態をそのまま描くのではなく、長く続く出来事の一部分として捉える必要があります。

 「始まる直前」「動いている途中」「終わった直後」では、同じ人物やモチーフでも印象が変わるのです。

 大切なのは、描く場面の前後に何があったのかを、制作者自身が想像しておくことです。それによって、人物の姿勢やモチーフの位置にも自然な理由が生まれます。

 本章では、一枚の場面を「出来事の途中」として捉え、描かれていない過去と未来を感じさせられる考え方について解説しましょう。

鉛筆画に、観てくださる人の想像を広げる表現力を加えてみませんか?

鉛筆画・デッサンの上達法や、作品の完成度を高める構図・光と影・表現の工夫を、メールマガジンでお届けしています。

プロの鉛筆画家として制作を続ける中で学んできたことを、初心者の方にも分かりやすくお伝えします。

登録は無料です。いつでも解除できます。

完成した状態ではなく変化の途中を選ぶ

 作品に時間の流れを生み出すためには、動作が終わってすべてが落ち着いた状態よりも、何かが変化している途中の場面を選ぶと効果的です。

 たとえば、両足をそろえて立つ人物は、安定した静止状態に見えます。一方、一歩踏み出しかけた足や、わずかに傾いた上半身を描けば、直前まで動いていたことや、これから進もうとする方向が伝わります。

 風になびいて傾く草、雨粒の残る窓、床へ落ちかけている紙なども同様です。変化の途中を選ぶことで、観てくださる人は、描かれていない前後の時間を自然に想像できるのです。

直前に起きたことを考えてから描く

 作品に過去の時間を感じてもらうためには、描き始める前に「この直前に何が起きたのか」、を考えておきます。

 たとえば、床に一枚の写真が落ちている場合には、それが手から滑り落ちたのか、風で飛ばされたのかによって、写真の位置や向きは変わるのです。

 人物を描く場合でも、どこから来て、なぜ立ち止まり、何を見ているのかを考えることで、姿勢や表情に一貫性が生まれます。

 前の出来事を文章で説明する必要はありません。画面内の要素に理由を持たせることで、静止した場面の奥に過去の時間が感じられるようになるのです。

このあと起こることまで想定する

 直前の出来事と併せて、「このあと何が起こるのか」、も考えます。階段を上る人物が、そのまま進むのか、途中で振り返るのかによって、重心や顔の向きは異なります。

 踊っている人物も、次に回転するのか、動きを止めるのかによって、腕や足、衣服の流れ方が変わるのです。

 人物が進もうとする方向に空間を設けると、観てくださる人の視線は、自然にその先へ向かいます。反対に、進行方向を狭くすれば、行く手を遮られたような緊張感や閉塞感が生まれます。

 次の瞬間を想定することは、画面の中に未来へ続く余地を作ることでもあるのです。

前後の時間をエスキースで確かめる

 描きたい場面が決まりましたら、小さなエスキースで、「直前」「選んだ瞬間」「直後」、の3場面を描き比べます。細部は省き、人物の姿勢、主役の位置、光の方向、大きな明暗だけを簡潔に捉えます。

 比較すると、動きが最も大きい場面よりも、動き始める直前や、動きが収まる直前の方が、前後を想像しやすい場合があるものです。

 LS317では、エスキースを構図や四隅、主役と余白を練る設計図として扱いました。今回は、どの瞬間を作品として残すかを選ぶために活用します。

なかやま

前後の場面を比べることで、本制作に選ぶ一瞬の意味が明確になります。変化の途中から、最も想像が広がる一瞬を選ぶことで、静止した鉛筆画やデッサンにも前後の時間を感じさせられるのです。

 描く瞬間を選ぶ前に、エスキースを使って構図や主役の位置を練り上げる方法については、次の記事で詳しく解説しています。                                      LS317「いきなり本制作していませんか?作品の完成度を高めるエスキース7つの活用法

人物の仕草に動作の前後を感じさせる

 人物を描いた作品では、姿勢や手足の動きが、時間の流れを伝える重要な手掛かりになります。人物が完全に静止した状態だけを描くと、その瞬間で時間が止まって見えることがあるのです。

 しかし、動き出す直前や、動作を終えようとしている姿を選べば、画面に描かれていない前後の動きまで想像してもらえます。

 人物の動きを大きく誇張する必要はありません。重心の位置、顔の向き、指先の角度、髪や衣服の流れなど、わずかな変化だけでも時間は表現できるのです。

 本章では、人物の仕草を通して、直前の動きと次の瞬間を感じさせるための、表現方法について解説します。

動きが止まる直前の姿勢を選ぶ

 動きのある人物を描くときには、最も激しく動いている瞬間だけでなく、動きが止まる直前の姿勢にも注目します。

 たとえば、歩いている人物であれば、両足が大きく開いた瞬間よりも、前へ出した足が地面に触れ、後ろ足が離れようとしている瞬間の方が、次の一歩を予感させることができるのです。

 踊っている人物でも、回転の途中より、動きを収めながら姿勢を整えようとする瞬間に、強い余韻が生まれる場合があります。

 動作が終わりかけていても、身体の中には直前の勢いが残っています。その残された力を捉えることで、静止した画面の中にも時間の連続性を表せるのです。

重心の傾きから次の動きを予感させる

 人物がどちらへ動こうとしているのかは、手足だけでなく、身体の重心によって伝わります。上半身がわずかに前へ傾いていれば、人物が歩き出そうとしているように見えるのです。

 反対に、身体を後方へ引いていれば、何かに驚いて立ち止まったり、進むことをためらったりしている印象が生まれます。

 重心を表す際には、頭、肩、腰、足の位置関係を確認します。これらが一直線に整いすぎると安定感が強くなり、動きの予感は弱まってしまうのです。

 肩と腰の傾きにわずかな違いを作り、片足へ体重を乗せることで、次の動作へ移る直前の状態を表現しやすくなります。

衣服や髪の流れで直前の動きを残す

 人物の身体が止まりかけていても、髪や衣服は少し遅れて動き続けます。この時間差を描くことで、直前までの動きを画面に残せるのです。

 人物が右方向へ身体を回した場合、髪や衣服の裾は、その動きに遅れて反対側へ流れます。すべてを身体と同じ方向へそろえるよりも、わずかな遅れを作る方が、回転や風の影響を感じさせられます。

 ただし、髪や衣服を必要以上に大きくなびかせると、不自然な動きになることもあります。どの程度の速さで動いたのか、風があるのかを考え、身体とのつながりを確認することが大切です。

 髪や衣服は飾りではなく、直前の動きを記録する要素として扱います。

手や足の向きに人物の意思を表す

 手や足の向きには、人物が何をしようとしているのかが表れます。 何かに触れようと伸ばした手、途中で止まった指先、進行方向とは別の方向へ向いた足などは、人物の迷いやためらいを感じさせます。

 顔の表情を細かく描かなくても、手足の状態によって、内面や次の行動を想像してもらえるのです。

 とくに、顔と身体と足が異なる方向を向いている姿は、人物の意識が揺れ動いている状況表現に有効です。前へ進みながら顔だけを後ろへ向ければ、過ぎ去った出来事への未練や心残りも表現できます。

 全身の動きを一方向へそろえず、部分ごとの向きに意味を持たせることで、人物の仕草に過去と未来が宿るのです。

重心、手足、髪や衣服の流れを丁寧に捉えることで、人物の仕草から動作の前後を想像させられます。

 動きの前後を感じさせる表現と併せて、時間が止まったような静止感を作品に取り入れたい方は、次の記事も参考にしてください。                                     LS313「時間が止まったような作品を描く!静止感を演出する表現テクニック【鉛筆画・デッサン】

視線と顔の向きで画面外の存在を示す

 作品の中の人物の視線は、観てくださる人の注意を自然に導く力を持っています。人物が画面内のモチーフを見つめていれば、視線はその対象へ向かいます。

 一方、視線の先をあえて描かなければ、「何を見ているのだろう」、と想像してもらえます。顔や目の向きは、画面外の世界を作品へ取り込むための重要な要素になるのです。

 そこにいるはずの人物や、これから起こる出来事を直接描かなくても、その存在を感じさせられます。

 本章では、人物の視線と顔の向きを使い、画面の外側にある出来事や関係性を想像させる方法について解説しましょう。

人物が見つめる先をあえて描かない

 人物が画面外を見つめている構図では、視線の先にあるものをすべて描く必要はありません。対象を見せないことで、観てくださる人の想像が働き始めます。

 たとえば、人物が少し緊張した表情で遠くを見つめていれば、誰かを待っているのか、思いがけないものを見つけたのかなど、複数の受け取り方ができるのです。

 このとき、視線の方向には一定の空間を設けます。顔のすぐ近くで画面が切れていると、視線が行き止まりになり、窮屈な印象が生まれてしまいます。

 視線の先に余地を残すことで、画面の外にも空間や時間が続いているように感じられるのです。

振り返る姿に過ぎ去った時間を表す

 身体は前へ進みながら、顔だけを後ろ方向へ向けた姿には、過去と未来の両方が含まれます。身体はこれから向かう方向を示し、視線は残してきたものへ向けられているからです。

 振り返る理由を明確に描かなくても、人物の表情や首の角度によって、未練、心残り、警戒、懐かしさなどを感じさせられます。

 ただし、顔を大きく後ろへ向けすぎると、動作が不自然になる場合があります。肩や腰にもわずかなひねりを加え、身体全体のつながりを確認しましょう。

 首だけで振り返らせず、動きの流れを背中や衣服にも伝えることで、直前まで歩いていた時間が感じられます。

 尚、制作画面上の方向性自体にも意味あります。画面の中心から左側は過去を、右側は未来を暗示しているとされています。この要素も加えて構成すると、演出に深みを出すこともできます。^^

 具体的には、制作画面で中央よりも右側に、右向きの人物を配置すれば、人物の向きとは裏腹に、その人物の「過去」を表現できるということです。

伏せた視線から内面の変化を伝える

 視線は、必ずしも外部の対象へ向ける必要はありません。目を伏せた人物は、自分の内側へ意識を向けているように見えるのです。

 わずかに下を向いた顔、力の抜けた肩、握りかけた手などを組み合わせると、人物が何かを考えている場面を表現できます。

 表情を細かく説明するよりも、視線と姿勢から心の動きを想像してもらう方が、作品に余韻を残せます。ここで大切なのは、悲しみや後悔など一つの感情に決めつけすぎないことです。

 伏せた視線には、内省、迷い、安堵、決意、記憶をたどる時間など、さまざまな意味を持たせられます。解釈の幅を残すことで、観てくださる人は自身の経験と重ねて作品を味わえます。

複数の視線を交差させて関係性を作る

 二人以上の人物を描く場合には、それぞれの視線の方向によって、言葉では示されていない関係性を表現できます。互いに見つめ合う人物からは、親密さや対立が感じられます。

 一方、一人だけが相手を見つめ、もう一人が別の方向を向いていれば、気持ちのすれ違いや、まだ伝えられていない思いを想像させられるのです。

 人物同士を近くに配置しなくても、視線が交われば画面の中につながりが生まれます。反対に、身体は近くても視線が合わなければ、心理的な距離を表せます。

 複数の視線を使うときには、すべてを説明するように描かず、関係性を読み取れる程度の手掛かりに留めることが大切です。視線の交差やずれが、描かれていない過去の出来事や、このあと変化する関係を想像させるのです。

 尚、視線を使った構図には、次のようなものもあります。画面上の左の兎は画面右側の兎を見る、画面右側の兎は中央で手前の兎を見る、中央の兎は我々鑑賞者を見るといった構図です。これは人物でも使えます。

      第3回個展出品作品 兎の上り坂 2022 F4 鉛筆画 中山眞治

なかやま

人物の視線と顔の向きを工夫すると、画面外の存在や、言葉に表れない関係性まで感じさせられます。

変化の痕跡から過去の出来事を想像させる

 人物が登場していない作品でも、画面内に残された変化の痕跡から、その直前に起きた出来事を想像させることができます。

 足跡、濡れた地面、落ちた物、使いかけの道具などは、そこに人や自然の動きがあったことを伝える手掛かりになるのです。

 ただし、痕跡を単なる飾りとして配置しても、時間の流れは充分には伝わりません。何によって生まれ、どのくらいの時間が経過し、これからどのように変化するのかまで考える必要があります。

 本章では、人物を直接描かなくても、画面に残された痕跡から過去の出来事を想像させる方法について解説しましょう。

消えかけた足跡に移動の時間を残す

 足跡は、そこを誰かが通ったことを示す分かりやすい痕跡です。しかし、すべての足跡を同じ濃さと形で描くと、時間の変化が感じられにくくなります。

 手前の足跡を濃く鮮明にし、遠くへ進むにつれて薄く小さくすると、人物が画面の奥へ移動したように見えるのです。

 雨や風によって、一部が消えかけている状態を加えれば、通り過ぎてから少し時間が経ったことも表現できます。足跡の間隔や向きにも意味があります。

 間隔が広ければ急いでいた様子、途中で向きが変わっていれば、迷ったり振り返ったりした様子を想像させられます。足跡を人物の代わりとして扱うことで、画面の中に移動の時間を残せるのです。

めくれた紙や落ちた写真に変化を示す

 紙や写真などの軽いモチーフは、直前に何らかの動きがあったことを伝えるために役立ちます。

 床に落ちた写真を描く場合には、画面と平行に整えて置くよりも、わずかに傾けたり、一部を別の物の下へ入り込ませたりすると、偶然そこへ落ちた印象が生まれます。端が浮いていれば、風や落下の動きも感じさせられるのです。

 ただし、写真に写る内容を細かく見せすぎると、出来事の意味を限定してしまうこともあります。全体を明確に説明せず、一部だけを見せることで、「誰の写真なのか」「なぜ落ちているのか」、という想像の余地を残せます。

 モチーフの位置や傾きに理由を持たせることが、過去の出来事を感じさせるポイントです。

描きかけのスケッチに中断の理由を持たせる

 描きかけのスケッチや途中で止まった作業は、そこにいた人物の時間を間接的に表現できます。

 スケッチブックや紙の上に残る未完成の線、途中まで削られた鉛筆、無造作に置かれた練り消しゴムなどを組み合わせると、制作が突然中断されたのか、それとも少し休んでいるだけなのかを想像させられるのです。

 ここでも、道具を均等に並べるのではなく、使われた順番や手の動きを考えて配置します。鉛筆の向きや、紙面との距離が自然であれば、描いていた人物の姿が見えなくても、その存在を感じさせられます。

 完成した作品ではなく、あえて制作途中の状態を描くことで、止まった時間と再び始まる可能性の両方を表現できるのです。

雨上がりの地面に直前の天候を残す

 自然が残す痕跡も、過去の時間を表す有効な要素です。水たまり、葉から落ちる雫、濡れた石畳などを描けば、画面に雨そのものがなくても、直前まで雨が降っていたことが伝わります。

 水分は時間とともに乾いていくため、濡れている範囲や反射の強さによって、雨が上がってからの経過も示せるのです。

 水たまりの一部に空が映り、周囲の地面が少しずつ明るくなっていれば、天候が回復し始めた印象も生まれます。

 自然の痕跡を描くときには、現在の状態だけでなく、これから消えていく変化まで意識しましょう。それによって、一枚の風景の中に過去・現在・未来の時間を重ねられるのです。

足跡や落ちた物、自然の変化を手掛かりにすると、人物を描かなくても過去の出来事を想像させられます。

光と影の変化によって時間帯を伝える

 鉛筆画やデッサンでは、色彩に頼ることなく、光の方向や影の長さによって時間帯を表現できます。低い位置から差し込む光、短く落ちる影、薄暗い室内に残るわずかな明るさなどは、それぞれ異なる時間を感じさせられるのです。

 光と影は、立体感を出すためだけのものではありません。時間の経過を示し、描かれている場面の前後を想像させる役割も持っています。

 どの時間帯を選ぶかによって、同じ人物や風景でも作品の印象は大きく変わるのです。

 本章では、光の角度や影の形を使い、静止した鉛筆画やデッサンの中に、時間の移り変わりを表現する方法について解説します。

影の長さで朝夕の時間を表す

 太陽の位置が低い朝夕には、人物や建物の影が長く伸びます。一方、太陽が高くなる昼頃には、影は短くなり、モチーフの足元へ集まるのです。

 この違いを活用すれば、時計や太陽を直接描かなくても、時間帯を伝えられます。朝の場面では、長い影の先を薄くし、周囲に柔らかな明暗を加えると、一日が始まる静かな時間を感じさせられます。

 夕方では、影をやや強く伸ばすことで、一日が終わりへ向かう印象を作れます。影の長さだけでなく、その先が画面のどこへ向かうかも重要です。

 主役から伸びる影を構図の一部として扱うことで、視線を導きながら時間帯を伝えられます。 次の作品も参照してください。この作品は、晩秋の夕暮れ時を描いたものです。

          坂のある風景Ⅱ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治

光の角度から太陽の位置を想像させる

 光がどの方向から差し込んでいるのかを統一すると、画面外にある太陽の位置を想像してもらえます。たとえば、窓から斜めに差し込む光を描く場合、床や壁にできる影も同じ光源に基づいて調整するのです。

 人物の顔、衣服、家具などの、光りを受けている明るい部分がばらばらな場合には、時間帯や空間の状態が分かりにくくなってしまいます。

 本制作へ進む前には、エスキースの中へ光の方向を矢印で記録しておくとよいでしょう。主光源を一つに定め、必要に応じて周囲からの弱い反射光も加えると、自然な明暗になるのです。

 画面外の光源まで意識することで、描かれていない空間にも広がりが生まれます。「反射光」については、次の画像を参照してください。暗い中にも「僅かな反射」を表現することで、リアルさが増します。^^

明暗の境界に時間の移り変わりを作る

 時間の経過を表すには、画面全体を同じ明るさで整えず、光が届く場所と暗さが残る場所を作ることが効果的です。

 朝の室内であれば、窓辺から少しずつ光が広がる一方、部屋の奥には夜の暗さが残っています。夕方なら、窓の近くに最後の明るさを残しながら、周囲を次第に暗くすることで、夜へ移り変わる時間を感じさせられます。

 明暗の境界を、すべて明確に描く必要はありません。柔らかくつなげる部分と、強く区切る部分を作ることで、光が移動しているような印象が生まれるのです。

画面外から伸びる影で存在を感じさせる

 画面内に描かれていない人物や物でも、その影だけを入れることで、画面外に存在していることを示せます。

 たとえば、床へ人物らしい影が伸びていれば、観てくださる人は「誰が近づいているのだろう」、と想像します。画面内の人物がその影へ視線を向けていれば、これから二人の間に何かが起こる予感も生まれるのです。

 ただし、影の形を不自然にゆがめると、光源との関係が崩れてしまいます。影を落とす存在の位置、光の高さ、床面の角度を考え、実際にできる形を確認する必要があります。

 姿を直接描かず、影だけを手掛かりとして残すことで、画面の外から未来の出来事が近づいてくるような表現が可能になるのです。

なかやま

光の角度や影の長さを工夫すると、時間帯だけでなく、過去から未来へ移り変わる一瞬まで表現できます。

画面の外へ続く動きで未来を予感させる

 一枚の作品に描ける範囲には限りがありますが、作品の世界を画面内だけで完結させる必要はありません。

 道や階段が画面外へ続き、人物がその方向へ進もうとしていれば、観てくださる人は、その先にある場所や出来事を想像するのです。

 画面外へ続く動きを作ると、静止した鉛筆画やデッサンにも未来へ向かう時間が生まれます。ただし、単にモチーフを画面の端で切るだけでは、窮屈で不自然な印象になることがあります。

 人物の向き、空間の広さ、視線の流れを組み合わせることが大切です。

 本章では、道や人物、画面からはみ出すモチーフなどを活用して、描かれていない未来を予感させる方法について解説します。

途中で切れる道や階段の先を想像させる

 道、階段、廊下、柵など、奥へ続く形は、観てくださる人の視線を自然に画面の先へ導きます。その終点をあえて見せないことで、「この先には何があるのだろう」、という想像が生まれるのです。

 たとえば、階段の上部を画面外へ続けて描けば、人物がどこへ向かうのか分からない状態を作れます。曲がり道の先を建物や樹木で隠せば、目的地を見せずに奥行きと期待感を表現できます。

 ただし、道や階段を主役より強く描きすぎると、視線がそのまま画面外へ抜けてしまいます。途中に明暗の変化や小さなモチーフを置き、主役を経由してから先へ進む動きを作ることが重要です。

人物の進行方向に適切な空間を設ける

 人物が歩いたり走ったりしている場面では、進行方向に空間を設けることで、その先へ動き続ける印象を作れます。

 人物が右へ進んでいる場合には、身体の前方に余地を残します。進行方向が狭すぎると、人物がすぐに画面の端へぶつかるように見え、動きが止まってしまうのです。

 反対に、空間を広く取りすぎると人物の存在感が弱まるため、主役とのバランスを確認します。また、進行方向の空間に何を置くかによっても、未来の印象は変わります。

 明るい場所へ向かえば希望や解放感が生まれ、暗い空間へ進めば不安や緊張を感じさせられます。空間は背景だけとしてではなく、人物がこれから向かう時間としても考えましょう。

画面からはみ出すモチーフで世界を広げる

 人物や樹木、建物などの一部を画面の端で切ると、作品の世界が画面外にも続いているように感じられます。

 たとえば、人物の身体をすべて収めず、腕や衣服の一部を画面外へ出すと、その人物が画面の中へ入ってきたのか、外へ出ようとしているのかを想像させられるのです。

 大きな樹木の幹や枝を途中で切れば、観えている範囲よりも広い自然空間を感じさせられます。ただし、関節や顔などの重要な位置で不自然に切ると、単なる構図上の失敗に観える場合があります。

 どこまで見せればモチーフを認識できて、どこを省けば想像が広がるのかを、エスキースで試行錯誤して確かめることが大切です。

四隅を使って視線を画面外へ導く

 画面の四隅は、視線の動きを調整する重要な場所です。四隅の一つへ向かって道や影、衣服などの形を伸ばすと、動きが画面外へ続く印象を作れます。

 ただし、すべての線を隅へ集めると、視線が作品の外へ急に抜けてしまいます。主役の姿勢や視線を一度経由させ、そこから隅へ導くことで、画面内を味わってから外側を想像できる流れになるのです。

 LS301「構図だけでは足りない?鉛筆画の“4隅”で作品性を高める視線誘導テクニック7選」では、四隅を活用して作品性を高める視線誘導を扱いました。今回はその基本を踏まえ、四隅を「未来へ続く出口」として使います。

 構図の終点を画面内に固定せず、その先へ動きが続くように設計することで、描かれていない世界と未来の時間を感じさせられるのです。

道や人物の動きを画面外へつなげることで、作品の世界を広げ、その先で起こる出来事を予感させられます。

 四隅を活用して視線の流れを整え、作品性を高める具体的な方法については、次の記事で詳しく解説しています。                                          LS301「構図だけでは足りない?鉛筆画の“4隅”で作品性を高める視線誘導テクニック7選

答えを一つに決めず観てくださる人の想像に委ねる

 作品の中に多くの情報を描き込んでも、その意味をすべて説明してしまうと、観てくださる人が想像を広げる余地は少なくなってしまうのです。

 反対に、出来事の原因や人物の感情をあえて断定しなければ、観てくださる人それぞれの経験や記憶を重ねながら作品を味わってもらえます。

 ただし、何も伝わらないほど情報を減らせばよいわけではありません。想像を始めるための手掛かりを示しながら、最後の答えだけを残すことが大切です。

 本章では、作品の意味を一つに限定せず、観てくださる人の想像によって完成させてもらうための考え方について解説します。

出来事の原因をすべて説明しない

 画面内に変化の痕跡を描くときには、その原因まで明確に見せないことで、想像の余地が生まれるのです。

 たとえば、床に写真が落ち、人物が立ち止まっている場面でも、写真を落とした瞬間や相手まで描く必要はありません。人物が自分で落としたのか、別の誰かが落としたのかによって、受け取られる意味は変わります。

 原因を隠す場合でも、人物の視線、写真との距離、周囲の明暗など、出来事を考えるための手掛かりは必要です。手掛かりがなければ、単に関連のないモチーフが並んでいるように見えてしまうのです。

 すべてを説明するのではなく、「何かがあった」、と感じられるところまで描くことで、観てくださる人が過去の出来事を補える作品になります。

主役の感情を断定しすぎない

 人物の感情を伝えるときには、表情を強く描きすぎないことも一つの方法です。涙や大きく開いた口などを明確に描けば、悲しみや驚きは伝わりやすくなりますが、それ以外の解釈は生まれにくくなるのです。

 わずかに伏せた目、力の抜けた指先、少し傾いた肩など、控えめな仕草で感情を示すと、内省、悲しみ、安堵、迷い、決意など、複数の意味を感じさせられます。

 人物の内面は、顔だけではなく、姿勢や周囲の空間も含めて表現します。人物の近くを暗くするのか、遠くに明るさを残すのかによっても、作品全体の印象は変わるのです。

 感情を、一つの言葉へ置き換えられない状態を残すことで、人物の心にも時間の流れが生まれます。

複数の解釈が成り立つ手掛かりを置く

 想像が広がる作品には、異なる意味に受け取れる手掛かりがあります。たとえば、遠くを見つめる人物のそばに荷物を置いた場合、これから旅立つ場面にも、帰ってきた直後にも見せられます。

 人物の身体が前へ向き、顔だけが後ろを向いていれば、出発への期待と、残してきたものへの未練を同時に感じさせることもできるのです。

 ただし、意味の異なるモチーフを多く置きすぎると、作品の中心が分かりにくくなります。主役となる人物や出来事を一つ決め、それを補う手掛かりを少数に絞ります。

 手掛かり同士を完全に一致させず、わずかなずれを作ることも、複数の解釈を生み出すポイントです。

描き足さずに終える判断を大切にする

 鉛筆画やデッサンを制作していると、画面に残る白い部分や曖昧な形が気になり、さらに描き込みたくなることもあります。

 しかし、作品に必要な情報がすでに備わっている場合には、描き足すことで想像の余地を狭めてしまうこともあるのです。

 完成前には、細部の不足だけでなく、「これ以上描くと答えを説明しすぎないか」、という視点でも画面を確認します。

 主役へ向かう視線の動きがあり、前後の時間を感じさせる手掛かりとして整っていれば、残る白い部分や曖昧な形であっても、あえて残すことも必要です。

 未完成に見えることと、意図的に説明を残すことは異なります。エスキース(下絵)の段階から、描き込む場所と抑える場所を決めておけば、その判断がしやすくなります。

 制作者が最後の答えを描き切らないことで、作品は観てくださる人の想像の中で完成するのです。

なかやま

手掛かりを示しながら、答えを一つに決めないことで、観てくださる人が自分自身の経験を重ねられる作品になります。

練習課題(3つ)

 本章では、描かれていない前後の時間を想像させる表現を、実際の制作に取り入れるための練習課題を3つご紹介します。

 最初から完成作品を目指すのではなく、小さなエスキース(下絵)を使って繰り返し試してみましょう。

動作の前後を3枚のエスキースで描く

目的:
 一つの動作を時間の流れとして捉え、観てくださる人の想像が最も広がる瞬間を見つけます。

内容:
 歩く、振り返る、立ち止まる、手を伸ばすなど、簡単な動作を一つ選びます。そして、「動き始める直前」「動いている途中」「動きが終わる直前」の3場面を、小さなエスキースに描き分けましょう。

 人物の細部を描き込む必要はありません。頭、肩、腰、手足の位置を簡潔な線で示し、重心の移動が分かるようにします。3枚を並べましたら、前後の動きの最も想像しやすい場面を一枚選びます。

ポイント:
 動きが最も大きい場面が、必ずしも作品に適しているとは限りません。動き出す直前や止まる直前の方が、「このあと何が起こるのか」、という余韻を残せる場合があるのです。

効果:
 人物の形を写すだけではなく、時間の流れの中から描く瞬間を選ぶ力が身につきます。

視線の先を描かないで人物を描く

目的:
 人物の視線と姿勢を使い、画面外にある存在や出来事を想像させる力を養います。

内容:
 画面外へ視線を向けている人物を一人描きます。視線の先にあるモチーフは描かず、顔の向き、肩の傾き、手足の状態だけで、何かに気づいた様子を表現しましょう。

 同じ人物について、「驚いている」「懐かしんでいる」「ためらっている」、という3種類の感情を設定し、それぞれ簡単なエスキースを作ります。目や口だけに頼らず、首、肩、背中、手の変化を比べてみます。

ポイント:
 視線の方向には、ある程度の空間を残します。ただし、感情を一つに限定するほど表情を強調せず、複数の受け取り方ができる状態を目指しましょう。

効果:
 画面内に描かれていないものを、人物の視線や仕草によって感じさせられるようになるのです。

光・影・痕跡だけで時間を表す

目的:
 人物の表情や動作に頼らず、光と影、周囲に残された痕跡から時間の経過を伝える練習です。

内容:
 人物を描かずに、「誰かが通り過ぎた直後」または「自然現象が収まった直後」、と感じられる場面を作ります。

 消えかけた足跡、雨上がりの地面、風でめくれた紙、描きかけのスケッチ、長く伸びた影などから、2~3種類を選んで組み合わせます。さらに、朝、昼、夕方のいずれかを決め、光の角度と影の長さを統一するのです。

ポイント:
 モチーフを多く置くのではなく、出来事を想像するために必要な手掛かりだけを選びます。それぞれが「なぜこの場所にあるのか」、を考えて配置しましょう。

効果:
 目に見える物だけではなく、その場から消えた人物や、過ぎ去った出来事まで表現できるようになれます。静かな画面にも、過去から現在へ続く時間を宿せる練習です。

まとめ

 一枚の鉛筆画やデッサンに、時間の流れを生み出すためには、動いている人物を描くだけでは充分ではありません。

 大切なのは、描かれた一瞬の前に何があり、そのあとに何が起こるのかを、観てくださる人が想像できるように画面を設計することです。

 人物の姿勢や視線、髪や衣服の流れには、直前の動きを残せます。床の足跡や落ちた写真、雨上がりの地面などを使えば、人物を直接描かなくても、そこに誰かがいたことや、何らかの出来事があったことを感じさせられます。

 また、光の角度と影の長さは、朝、昼、夕方といった時間帯を伝えるだけではありません。光が広がり始めた状態や、暗さが増しつつある状態を描くことで、時間が移り変わる途中の一瞬も表現できるのです。

 今回ご紹介しました7つの表現テクニックは、次の通りです。

  • 完成した状態ではなく、変化している途中の一瞬を選ぶ。
  • 重心や手足、髪や衣服から動作の前後を感じさせる。
  • 人物の視線と顔の向きによって、画面外の存在を示す。
  • 足跡や落ちた物、自然の変化から過去の出来事を伝える。
  • 光の角度や影の長さを使って、時間の移り変わりを表す。
  • 道や人物の動きを画面外へつなげて、未来を予感させる。
  • 答えを一つに決めず、観てくださる人の想像に委ねる。

 これらの方法を取り入れるときには、すべての情報を一枚の中へ詰め込むべきではありません。主役となる人物や出来事を一つ決め、その前後を考えるために必要な手掛かりだけを選びます。

 情報を増やしすぎると、かえって作品の中心が分かりにくくなり、想像の余地も失われてしまうのです。

 本制作へ進む前には、小さなエスキースで「直前」「描きたい瞬間」「直後」、の3場面を比べてみましょう。

 どの瞬間を選ぶかによって、人物の姿勢、モチーフの配置、光と影、余白の意味も変わります。最も動きが大きい場面ではなく、前後の出来事を想像しやすい一瞬を選ぶことが重要です。

 そして、作品の意味を、あなたが最後まで説明し切らないことも大切です。何が起きたのか、人物が何を感じているのか、このあとどこへ向かうのか。

 その答えを少しだけ残すことで、作品は観てくださる人の記憶や経験と結びつきます。鉛筆画やデッサンは、動かない一枚の画面ですが、その中に過去と未来を感じさせることができます。

 描かれているものだけでなく、描かれていない時間まで意識することで、作品は鑑賞後も心の中で静かに動き続けるものになるでしょう。

 鉛筆画のように夢中になれる趣味は、表現力を高めるだけでなく、人生後半の生きがいや心の充実にもつながります。自分に合った趣味を見つけたい方は、次の記事も参考にしてください。                                                    JT54「定年後に生きがいを失わないために|人生後半を楽しむ趣味の見つけ方

鉛筆画に、観てくださる人の想像を広げる表現力を加えてみませんか?

鉛筆画・デッサンの上達法や、作品の完成度を高める構図・光と影・表現の工夫を、メールマガジンでお届けしています。

プロの鉛筆画家として制作を続ける中で学んできたことを、初心者の方にも分かりやすくお伝えします。

登録は無料です。いつでも解除できます。

 ではまた!あなたの未来を応援しています。