こんにちは。私は、アトリエ光と影の代表で、プロ鉛筆画家の中山眞治です。
筆者近影 作品「月のあかりに濡れる夜Ⅳ」と共に
さて、鉛筆画である程度描き慣れてこられると、主題のモチーフの完成度には満足できても、背景に物足りなさを感じることもあるでしょう。
背景は、画面全体の世界観を支え、作品に深みや広がりを与える重要な要素です。しかし、ただ描き込めばよいわけではなく、自然さと調和が求められます。
この記事では、構成・遠近・明暗・質感といった観点から、自然な背景を描くためのテクニックをご紹介し、実践的な練習課題も提案します。完成度をもう一段階上げたい人には必見です。
尚、あなたが既にたくさんの作品を制作していて、「そろそろ個展を開催したい」とお考えの場合には、この記事の最終部分に、有益な関連記事を掲載してありますのでご覧ください。
それでは、早速見ていきましょう！
背景と主役や準主役のバランスを整える構成力とは？
第3回個展出品作品 坂のある風景Ⅰ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
鉛筆画において主題が引き立つかどうかは、背景との関係性に大きく左右されます。
本章では、構図及び構成力を意識することで画面全体が調和し、作品の魅力が高まる点について解説します。
鉛筆画中級者の人が構図を研究すべき理由
あなたは、今まで鉛筆画の制作を続けて来て、「毎回同じような画風になってしまう」「作品全体のまとまりが悪く感じる」「もっと見映えのする作品にしたい」と感じたことはありませんか？
構図とは、先人の築き上げてきた美の構成に裏打ちされた、バランス・緊張感・力強さ・躍動感などを伝えることができる技術です。
構図は、作者とすれば「作品の魅力をより一層引き出せる技術」である反面、観てくださる人からすれば「見映えのする作品」に仕上げるための、重要なノウハウと言えます。
構図については、この記事の最終部分に関連記事「初心者でも簡単！プロが教える鉛筆画の構図の取り方やコツとポイント」を掲載していますので、関心のある人は参照してください。
背景は「引き立て役」として設計する
坂のある風景Ⅱ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
背景の役割は、主役や準主役を支え引き立てることです。主役や準主役を際立たせるためには、背景が主張しすぎないように構成する必要があります。
主役や準主役には細密描写を施す一方で、それ以外のモチーフや脇役に、現実は細かい柄や模様があったとしても、それらは省略して描きましょう。
我々人間の目は、細かい柄や模様に注意を奪われる習性があるので、そのように調整をすることで、あなたが引き立てたい主役や準主役が引き立ちます。
このことは、観てくださる側の人からしても言えることで、あなたが伝えたい感動や強調が主役や準主役に施されることで、作品全体の中心となるモチーフをストレスなく観ることができるのです。
画面全体を見て、主役や準主役と背景の視覚的バランスを意識しましょう。
3分割構図で主題と背景を調和させる
縦横の3分割構図を活用すると、主役や準主役の位置を明確にしつつ、背景に自然な空間が生まれます。
例えば、主役や準主役を縦3分割の左に置いたならば、右側の空間を背景で柔らかく埋めることで、バランスが取れます。
次の作品では、3分割構図を使いながら、３つのモチーフで3角形を構成しています。また、画面右上には、3分割を活用して「抜け（※）」も作っています。
- 黄色の線：3分割構図基本線。
- 緑色の線：3分割線。
- 青色の線：「抜け」に使うための線。
- ピンク色の線：モチーフで3角を構成する線。
ミヒカリコオロギボラのある静物 2022 F4 鉛筆画 中山眞治
※ 「抜け」とは、画面上に「外部へつながる空間」があると、観てくださる人の「画面上の息苦しさ」を解消できる効果があります。
背景の密度をコントロールする
第3回個展出品作品 兎の上り坂 F4 鉛筆画 中山眞治
背景全体を同じ密度で描くと、主役や準主役とのメリハリがなくなります。
主役や準主役に近い部分だけ、背景を少し描き込み、遠い箇所はあえて簡略化すると、画面に奥行きと焦点が生まれます。
シルエットとの明暗バランスを意識する
誕生2023 F4 鉛筆画 中山眞治
主役や準主役の輪郭と背景の明暗が同じトーンの場合には、境界が不明瞭になります。
背景の明るさ・暗さを調整し、主役や準主役の輪郭を際立たせると、画面が引き締まります。
もっと具体的に言えば、主役や準主役が濃いトーンの場合には、明るめや中間トーンを使い、主役や準主役が明るいトーンの場合には、暗めや中間のトーンを使うと引き立ちます。
次の作品を参照してください。
第２回個展出品作品 洋ナシのある静物 2000 F1 鉛筆画 中山眞治
遠近法を活かした自然な背景の奥行き表現
国画会展 新人賞 誕生2007-Ⅰ F100 鉛筆画 中山眞治
奥行きのない背景は、平面的で印象に残りません。
本章では、遠近法を取り入れることで空間に深みが生まれ、よりリアルで魅力的な背景が描ける点について解説します。
消失点を意識した背景の配置
青木繫記念大賞展 奨励賞 郷愁 2001 F100 鉛筆画 中山眞治
遠近法を取り入れることで、背景に自然な奥行きが生まれます。
消失点を設定し、それに沿って背景の要素（道、建物、並木など）を配置すると、画面にリアリティーが加わります。次の3種類の透視法を参照してください。
近景・中景・遠景を分けて描く
背景を単一の層で描くのではなく、近景・中景・遠景と段階的に描くことで、空間の広がりが伝わります。
近景は「薄暗く」、中景は「暗く」、遠景は「明るく」描くことで、画面深度を高められます。
また、中景を「暗」」することで、主役となるモチーフの存在感も高められます。次の作品を参照してください。
国画会展 会友賞 誕生2013-Ⅰ F130 鉛筆画 中山眞治
空気遠近法を応用する
実際の景色では、遠くのものほどコントラスト（明暗差）が低く、輪郭がぼやけます。
この性質を鉛筆画でも再現することで、背景が自然に奥へ引いて見えるようになります。次の作品を参照してください。
日美展 大賞（文部科学大臣賞/デッサンの部大賞） 誕生2023-Ⅱ F30 鉛筆画 中山眞治
遠近法と構図の関係性
背景に奥行きを持たせるとき、主役や準主役との位置関係も重要です。
主役や準主役が手前にあり、遠景が遠くに広がっていく構成にすると、視線が自然に画面奥へと導かれます。
次の作品では、奥行きの街の明かりで遠景を表現し、主題である一番手前の街灯を画面の黄金分割線（※）上に配置して、その街灯の接地している床面を「僅かに左に傾けて」動きを出しているのです。
国際美術大賞展 マツダ賞 静かな夜 2023 F10 鉛筆画 中山眞治
尚、この傾斜を使って動きを出す場合には、視覚上の抑制ポイントが必要になります。作品左上の黒い3角形の上面は水平線であり、この部分で動きを抑制しています。
※ 黄金分割とは、画面上の縦横の寸法に対して、÷1.618で得られた寸法で画面を分割する手法です。
遠近法を理解し、それを背景に適用することで自然な空間表現が可能になります。視点の設定やコントラスト（明暗差）の工夫がその効果を高めます。
明暗とコントラストで空間を演出する方法
蕨市教育委員会教育長賞 灯（あかり）の点（とも）る静物 2000 F30 鉛筆画 中山眞治
背景における明暗やコントラスト（明暗差）は、空間の奥行きや主役や準主役との距離感を伝える重要な要素です。
本章では、自然な立体感を出すための工夫を紹介します。
背景における光源の設定
第２回個展出品作品 モアイのある静物 2000 F50 鉛筆画 中山眞治
背景に自然さを出すためには、まず全体の光源を決めることが必要です。光源がどこにあるかで、背景の影の位置や明暗のバランスが決まります。
主役や準主役と背景で、矛盾しない一貫した光の方向を維持することで、作品全体の統一感が生まれます。
そこで、描きやすいオススメな光源の取り方は、室内の照明を消して、デスクライトなどの一つの光源を使って描くことで、モチーフの影の状態を掴みやすくなり、斜め上からの光の照射が効果的です。
薄暗くて描きにくい場合には、画像にしてから描くのでも良いでしょう。しかし、その場合でも、要所のトーンは、実際にデスクライトを当ててよく確認して描きましょう。画像と実際の影は僅かに違うからです。
ハーフトーンで滑らかなグラデーションを作る
第１回個展出品作品 胡桃のある静物 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
背景の明暗を表現する際には、急激なコントラスト（明暗差）を避け、なめらかなトーンの移行を意識することが必要です。
ハーフトーンを使い、暗部から明部へのつながりを、滑らかなグラデーション（階調）を使って丁寧に描くと、空間の奥行きが自然に生まれます。
主役や準主役と背景の明暗対比
第１回個展出品作品 金剛力士像（阿形） 1996 F10 鉛筆画 中山眞治
主役や準主役が暗ければ背景を明るく、逆に主役や準主役が明るければ背景をやや暗めにすると輪郭が引き立ちます。
この明暗のコントラスト（明暗差）により、画面にメリハリがつき、主役や準主役が自然に視線を集めやすくなります。
硬さと柔らかさを使い分ける
第１回個展出品作品 雷神 1996 F10 鉛筆画 中山眞治
背景では、硬質な線と柔らかい陰影の使い分けも大切です。
建物や人工物などは線で構造を示し、草木や空などは陰影で柔らかく描写することで、空間にリズムが生まれます。
背景における明暗のコントロールは、視線の流れと空間のリアリティー（現実性）に直結します。背景をただ塗るのではなく、光と影の意識を持ち変化のあるトーンを構築しましょう。
背景の質感を描き分けて世界観を強化する
第１回個展出品作品 ノートルダム寺院 1996 F10 鉛筆画 中山眞治
同じ背景でも、描写方法によって伝わる印象は大きく変わります。
本章では、質感の違いを丁寧に描き分けることで、作品全体の説得力と世界観が向上する点について解説します。
背景の素材を意識して描く
背景には、水面、地面、壁、樹々、空などさまざまな素材が含まれます。
それぞれの素材に応じた線の方向や密度を工夫することで、視覚的な説得力が増します。
例えば、地面には水平なストローク、木には縦の線と繊細な葉のタッチを組み合わせると自然な印象になります。
尚、水面を描く際には、水面の「揺らぎ」は必ず描き込みましょう。リアリティーが断然増します。次の作品を参照してください。
第１回個展出品作品 昼下がりの桟橋 1996 F10 鉛筆画 中山眞治
描き込みの強弱で質感を差別化
すべての背景を、同じ描き込みで処理すると平坦に見えてしまいます。
木の幹はやや濃くしっかり描写し、空は薄く滑らかに処理することで、素材の違いが際立ちます。
主役や準主役との対比も考慮しながら調整しましょう。
次の作品では、両手鍋の側面に、それぞれのモチーフが映り込んでいます。これらの表現もリアリティーを追求するうえでは、必ず必要になります。
第１回個展出品作品 静物Ⅱ 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
練り消しゴムで描く逆描写の活用
背景の一部では、練り消しゴムでハイライトや輪郭を浮き立たせる手法も効果的です。
例えば、木漏れ日や壁の反射光など、明部を後から抜くことで、立体感や質感を柔らかく演出できます。
次の作品では、フライパンの内側の「照り」や、コーヒーカップに映り込んでいる光や、スプーンとフォークの輝きなども、重要な表現要素となっています。
第１回個展出品作品 静物Ⅰ 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
また、ここでも両手鍋の側面への「映り込み」は、作品のリアリティー（現実性）を高めるうえで役に立っているのです。
尚、この作品には、室内用の低いイーゼルを立てて描いている筆者も映り込んでいます。ケトルの注ぎ口の右側にある、白っぽいのが筆者です。^^
背景のトーンに変化をつける
空や遠景のグラデーションに、微妙なトーンの変化を加えることで、画面に動きが生まれます。
単一のトーンで処理せず、微細な変化を意識することで自然さが増します。
次の作品の背景は、分かりにくいですが「波間」です。主役のペンギンには詳細な描き込みを行い、背景などには「何となくわかる」程度の描き込みでよいのです。
そうすることによって、ペンギンが引き立てられるということです。
第１回個展出品作品 ペンギン 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
背景の質感は画面の説得力を左右します。素材ごとに線やトーンを使い分け、主役や準主役との対比を意識して世界観を深めていきましょう。
描きすぎを防ぐ！背景における省略と余白の美学
第１回個展出品作品 ノスリ 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
すべてを描くことで、必ずしもすべてが完成したとは言えません。
本章では、余白や省略を取り入れることで、背景に余韻と品格が加わり、主役や準主役がより印象的に際立つ点について解説します。
背景をすべて描く必要はない
第１回個展出品作品 ブラザーウルフⅡ 1997 F10 鉛筆画 中山眞治
鉛筆画においては、すべてを細密に描写するよりも、「あえて描かない」判断が重要です。
背景が主張しすぎると、主役や準主役が埋もれてしまいます。先ほどの、ペンギンを思い起こしてください。
必要な情報だけを残し、省略することで画面がすっきりし、観てくださる人の想像力を喚起できます。
視線誘導のための余白設計
第3回個展出品作品 灯（あかり）の点（とも）る窓辺の静物 2022 F10 鉛筆画 中山眞治
空間に余白を残すことで、主役や準主役への視線を自然に誘導できます。
背景の描写が、主役や準主役から遠ざかるほど淡く簡略にすることで、視線の集中と空間の広がりが同時に得られます。
余白は「空白」ではなく「意図した沈黙」です。
主役や準主役に寄り添う最小限の描写
静かな夜Ⅱ 2023 F10 鉛筆画 中山眞治
主役や準主役の背後にだけ、簡単な背景要素を描くことで、空間の認識が生まれます。
木の影、石畳の端、壁の模様など、さりげない要素だけでも充分に効果的です。
練り消しゴムで輪郭をぼかして余韻を出す
静かな夜Ⅰ 2023 F10 鉛筆画 中山眞治
描いた背景を練り消しゴムでぼかし、境界を曖昧にすることで、奥行きと空気感を演出できます。
描くのではなく「消して整える」技術も中級者には欠かせません。
背景の描写においては、「省略する勇気」と「余白の活用」が鍵になります。描き込むだけが、完成度を高める手段ではないことを意識しましょう。
練習課題例と図解案（3テーマ）
誕生2022 F10 鉛筆画 中山眞治
奥行きのない背景は、平面的で印象に残りません。
あなたの身の回りのモチーフを用意して、実際に手を動かして、さまざまに練習してみましょう。
本章では、遠近法を取り入れることで空間に深みが生まれ、よりリアルで魅力的な背景を描くための練習課題を提案します。
課題①：3分割構図で背景を構成する
- 主題（壺や動物など）を縦3分割の左線上に配置。
- 右側に背景の地面・壁・木陰などを描いて全体構成のバランスを練習。
- 図解：縦横3分割＋主題と背景の配置ガイドライン付き図。
課題①：3分割構図で背景を構成する
課題②：遠近法と明暗で背景に奥行きを出す
- 消失点を使って背景の並木道や街並みを描く練習。
- 明暗の差やコントラスト（明暗差）で距離感を調整。
- 図解：一点透視図法＋トーンの変化を重ねた背景例。
課題③：省略と余白を活かした背景描写
- 主題の背後に最小限の情報を添える背景（壁の影、道端の石、葉の影など）を練習。
- 練り消しゴムでぼかしを加え、空間の余韻を出す。
- 図解：描きすぎた例と省略を意識した例の比較図。
描きすぎた例 省略を意識した例
まとめ：背景が作品を変える！自然さと構成力が中級者の鍵
第3回個展出品作品 静かな夜Ⅳ 2024 F10 鉛筆画 中山眞治
背景は、単なる空間を埋めるための要素ではなく、作品全体の印象を大きく左右する骨格になります。
中級者の人が、一歩先を目指すためには、ただ描くだけでなく、背景の「構成」「遠近」「明暗」「質感」「省略」といった多角的な視点からのアプローチが必要です。
作品の題名との関係性を意識し、描写に優先順位をつけることで、作品はより洗練されたものになります。以下に、この記事で紹介しました重要ポイントを整理します。
- 背景は、主役や準主役を引き立てるために構成されるべきであり、3分割構図が効果的。
- 描き込みの密度や位置を調整し、主役や準主役との視覚的バランスを保つことが重要。
- 遠近法を背景に取り入れることで、自然な奥行きと広がりを演出できる。
- 近景・中景・遠景の層を意識して描くと空間に深みが出る。
- 光源に一貫性を持たせた明暗設計が、画面全体の統一感を生む。
- 背景の質感は、素材ごとに線やトーンを変えることでリアルに表現できる。
- 練り消しゴムを活用することで、自然な光表現や輪郭のぼかしが可能。
- 背景の全体描写よりも、省略と余白を活かした構成が中級者には効果的。
- 描き込みすぎを避け、観てくださる人に解釈の余地を残すことが作品の奥行きを増す。
- 最終的には「何を描くか」よりも「なぜ描くか」「どこまで描くか」の判断が完成度を左右する。
自然な背景描写をマスターすることで、主役や準主役だけでなく画面全体の説得力が飛躍的に向上します。
バランス感覚と取捨選択の力を養いながら、背景を味方にして作品の魅力をさらに高めていきましょう。
ではまた！あなたの未来を応援しています。
背景の構成においては、「主役や準主役との関係性」が最も重要です。描き込みすぎず、構図と密度の調整を心がけることが完成度向上の鍵です。