こんにちは。私は、アトリエ光と影の代表で、プロ鉛筆画家の中山眞治です。

筆者近影 作品「月のあかりに濡れる夜Ⅳ」と共に
さて、鉛筆画において、観てくださる人に「空気が流れている」と感じさせる作品を描くには、単なる形の再現だけでは不充分です。
モチーフとモチーフの間にある空間や、遠くに観える風景のぼやけ具合など、視覚的な奥行きが空気感の演出に直結します。
この記事では、鉛筆画中級者の人のために「視覚の奥行き」を的確に表現し、空気の存在を感じさせる5つのコツをご紹介します。
線と濃淡の使い方から構成の工夫まで、実践的な視点で解説しますので、自身の表現力を一歩進めたい方はぜひ参考にしてください。
それでは、早速見ていきましょう!
空気を描く第一歩は「手前と奥のコントラスト」から

水滴Ⅵ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
鉛筆画において、空気感を演出する最初の鍵は、視覚的な「奥行き」の構成です。その中でも基本かつ効果的な手法が、手前と奥の明確なコントラスト(明暗差)です。
この対比をしっかりと意識することで、画面内に観えない空気の層が生まれ、静かに流れる空気感が伝わります。
本章では、手前と奥のコントラストを活用するための、具体的な描写ポイントを紹介します。
手前は輪郭と濃淡の密度を上げる

第3回個展出品作品 坂のある風景Ⅰ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
手前にあるモチーフは、画面の中で最も視認性が高いため、輪郭線は明瞭に、濃淡もはっきりとつけましょう。
光の当たり方を考慮しつつ、エッジ(縁)や質感の描き込みを丁寧に行うことで、モチーフが観る人に迫ってくるような印象を与えます。
ここでの描写が甘いと、奥行きへの起点が曖昧になります。
奥のモチーフはエッジ(縁)を曖昧に、圧を軽く

水滴Ⅴ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
遠景に向かうほど、鉛筆の圧を弱め、線の明瞭さを抑えることで、空気の層を感じさせることができます。
ティッシュペーパーや綿棒などのぼかしや、擦筆を利用して、輪郭をにじませるような効果を出すと、奥にある物体がぼんやりと背景に溶け込んでいきます。
光の反射や距離感も同時に表現できるので、慎重なトーン設計が必要です。
中間距離は自然なグラデーションでつなぐ

第3回個展出品作品 午後のくつろぎ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
手前と奥を繋ぐ中間領域では、グラデーションの滑らかさが命です。
線の強弱や陰影の濃度を段階的に調整し、手前から徐々に奥へと移行していく空間の変化を描きましょう。
ここで段差があると、画面が分離して観えるため、密度や描写の質を徐々に変化させる必要があります。
空間全体に広がる光の調整を意識する

坂のある風景Ⅱ 2019 F1 鉛筆画 中山眞治
光源の位置を確認及び意識しながら、画面全体の明暗バランスを整えましょう。
手前が暗く、奥にいくほど明るくすることで、光に満ちた空間の印象が生まれまれるのがセオリーですが、次の作品を参照してください。
この作品では、近景を「薄暗く」、中景を「暗く」、遠景を「明るく」することで、画面深度を深めています。また、我々の描く鉛筆画では、中景の「暗く」描いたトーンが、白い主役の存在感を高めることにもつながります。

国画会展 会友賞 誕生2013-Ⅰ F130 鉛筆画 中山眞治
とくに、背景に広がる白みがかったグラデーションは、空気感の演出に非常に有効です。光と空気は一体で考えるべき要素であり、手前と奥のコントラスト(明暗差)設計は、空気感の演出に欠かせない基本技法です。
線の密度と方向で空間にリズムを与える

家族の肖像Ⅱ 2023 F1 鉛筆画 中山眞治
奥行きのある鉛筆画を描くには、線の密度や方向性の使い分けが重要です。
線は単に形を示すだけでなく、空間を分けたり、視線を導いたりする役割を果たします。
線が密になっている部分は、視覚的に重たく感じられ、逆に薄くまばらな線は空間の広がりを示す助けにもなります。
本章では、線の密度と方向について解説します。
密度の違いで奥行きの重層構造を作る

遠い約束Ⅰ 2023 F1 鉛筆画 中山眞治
線の密度が高い場所は、モチーフが近くにある、または、情報量が多いと認識されやすくなります。
逆に、密度の低い部分は、空気が通る余白や背景として機能します。近景・中景・遠景で線の詰まり方に差をつけることで、奥行きの層を自然に表現できます。
線の方向で視線誘導を行う
空間の奥行きを示す際には、線の方向性を意図的に操作することが効果的です。
例えば、手前から奥へ流れるような斜線や、奥に向かって収束するような放射状の線を使うことで、視覚的な遠近感が生まれます。
制作対象の輪郭や質感に沿う線の方向も、奥行きの演出に大きく影響するのです。
次の作品では、波の層を使って奥行きを表しています。

邂逅Ⅰ 2019 F3 鉛筆画 中山眞治
重ね線の扱いで空気の厚みを表現する
単純な一本線だけでなく、異なる角度の線を重ねることで、制作対象の立体感や空気の層を表現することができます。
クロスハッチング(※)や楕円状の重ね線は、描写の厚みを出すだけでなく、空間の緊張感やゆらぎを伝える効果もあります。
描きすぎに注意しつつ、密度にリズムを持たせましょう。
次の作品は台所の「シンク」周辺の光景ですが、描きすぎることなく構成すれば、充分作品として仕上げられます。

水滴Ⅵ 2019 F3 鉛筆画 中山眞治
※ クロスハッチングとは、画面上で必要となるトーンを乗せていく際に、縦横斜めの4種類の線で面を埋めていく手法です。描きにくい方向の線は、スケッチブックや紙を90°回転させれば無理なく描けます。
観てくださる人の導線を意識した線配置

林檎 2019 F3 鉛筆画 中山眞治
描き手の線が、画面全体でどう展開されているかにより、観てくださる人の目線が自然に誘導されます。
線の方向や集中のしかたを調整し、画面内で視線が循環するように設計することで、平面上に立体的な空間が生まれます。
線の密度と方向性は、鉛筆画の中で空間の広がりや奥行き感を表す強力な手段です。単なる形をなぞる線ではなく、空気を含んだ空間構成を意識した線使いこそが、鉛筆画中級者の人としての表現力の深化につながるのです。
遠近法を応用して空気の層を重ねる

予期せぬ訪問者 2019 F3 鉛筆画 中山眞治
空気感を演出するためには、伝統的な遠近法を理解し、意識的に活用することが不可欠です。
消失点を用いた構成は、奥行きを直接的に示しますが、それを作品全体に溶け込ませるには、空気の流れや層構造を意識した応用が求められます。
本章では、遠近法を使った空気感について解説します。
一点透視と空気遠近法の組み合わせ
一点透視の構図は、建物や道などの描写においてはっきりとした距離感を与える手法ですが、硬くなりすぎることもあります。

そこに空気遠近法、つまり遠くなるほど明るく、コントラスト(明暗差)が弱まる表現を取り入れることで、柔らかな空間表現に変化させられます。
消失点を画面外に置いて自然な広がりを出す

誕生2023 F4 鉛筆画 中山眞治
奥行きを感じさせる構図では、消失点を画面の外に置くことで、過度な遠近の強調を避けることができます。
制作画面内の遠近感が穏やかになり、空気の層が自然に重なり合うような印象を与えるため、空気感の表現には適しています。
水平方向と垂直方向の遠近感を調和させる

ふと見た光景Ⅱ 2024 F4 鉛筆画 中山眞治
遠近法を活かす際には、水平・垂直の消失線をバランスよく配置することが重要です。
例えば、地面の奥行きと建物の高さの両方に遠近法を適用すると、空間の立体性が際立ちます。次の画像を参照してください。

さらに、空気の透過感を加味した線処理や陰影が、層状の空間を形づくります。
視線の「抜け」ポイントを意識する
構図上で、視線がどこに「抜け(※)」ていくかを意識することで、空気の通り道のような空間が生まれます。
開けた背景や、奥に小さく見えるモチーフなど、視線が向かう終着点を配置し、空気がそこへ流れていくような構成が効果的です。次の作品の右上の部分もそうです。

黄昏 2024 F4 鉛筆画 中山眞治
※ 「抜け」とは、制作画面上に外部へつながる部分があると、観てくださる人に画面上の息苦しさを解消できる効果があります。

遠近法をただ正確に描くのではなく、空気の存在を意識した応用が、奥行きと透明感を同時に実現します。鉛筆画中級者の人にとっては、構造と感覚のバランスを取ることが鍵になるでしょう。
グラデーションで空気の厚みを演出する

ふと見た光景Ⅰ 2024 F4 鉛筆画 中山眞治
空気感を持つ鉛筆画には、グラデーション(階調)の存在が欠かせません。
グラデーションは、単なる明暗表現ではなく、空間の流れや厚みを感じさせるためのトーン操作として、意識的に活用することが鉛筆画中級者の人には求められます。
本章では、グラデーションによる表現方法について解説します。
奥へ向かうグラデーションで距離感を出す
近景から遠景に向かって、明度が上がるグラデーション(階調)を使うと、空間に奥行きが生まれます。
グラデーションは平坦にせず、環境光や陰影の影響を加味して、部分ごとに微妙な変化をつけると、より自然な印象になります。次の作品を参照してください。

道Ⅱ 2022 F4 鉛筆画 中山眞治
モチーフ自体のグラデーションで立体感を補完

誕生2020-Ⅱ F4 鉛筆画 中山眞治
モチーフの内側にも、滑らかなトーンの変化を加えることで、単なる線描を超えた立体感が得られます。
とくに、円筒形及び球体や卵などの形は、光源を意識した濃淡の移り変わりが空間全体の空気感を生み出す要素になります。

背景に広がるトーンの流れを意識する
背景が真っ白、または真っ黒であると、空気感が感じられにくくなります。
ごく薄いグラデーションを背景に乗せるだけでも、空間に透明な層が生まれ、空気が漂っているように感じられます。
全体の調和を考えた背景設計が重要です。次の作品を参照してください。

第3回個展出品作品 誕生2020-Ⅲ F4 鉛筆画 中山眞治
グラデーションの中に情報量の強弱をつける

水滴Ⅸ 2020 F4 鉛筆画 中山眞治
一様なグラデーション(階調)では、のっぺりとした(平板で変化のない)印象になります。
部分的に強い影や、淡い陰影を配置し、視覚的な変化を作ることで空気の厚みにリズムが加わります。次の画像を参照してください。

グラデーションの「緩急」を使い分けることで、奥行きのある空間を築けます。
グラデーションはただの影付けではなく、空気の流れを映し出す重要な要素です。階調の移り変わりの中に、空気の質感を込められるようになると、鉛筆画の表現は大きく進化できます。
余白と重なりを活かした空間構成の工夫

誕生2020-Ⅰ F4 鉛筆画 中山眞治
鉛筆画における空気感は、描き込むだけではなく「描かない部分」、つまり余白をどのように活かすかが非常に重要です。
空気が流れるスペースを画面内に確保することで、視覚的な呼吸が生まれ、自然な奥行きが生まれます。
本章では、余白こそが重要な間である点について解説します。
あえて描かない余白の意味を理解する
主役や準主役の周囲に、意図的に余白を残すことで対象の存在感が際立ち、そこに空気が満ちているように感じさせることができます。
白く抜けた空間は、単なる未完成ではなく、空気や光を表現するための積極的な手法です。また、白く抜けた空間周辺には、柔らかく白っぽい簡単な輪郭で遠景を描き込むと効果的です。次の作品を参照してください。

旅立ちの詩Ⅰ 2020 F4 鉛筆画 中山眞治
重なりによる視覚の階層構造
複数のモチーフを前後に重ねて配置することで、自然な奥行きが生まれます。
手前のモチーフが、奥のモチーフの一部を隠すことによって、距離感が視覚化され、空間の層が形成されます。
このとき、輪郭の強弱や密度の変化を同時に扱うと、空気の厚みが加わります。次の作品を参照してください。

第3回個展出品作品 憤怒の猛牛 2020 F4 鉛筆画 中山眞治
配置とバランスで視線の流れを制御する

あのね…。 2020 F4 鉛筆画 中山眞治
空白とモチーフの配置を意識し、画面内で視線が循環するように設計すると、観てくださる人が作品の中に引き込まれる構成になります。
重なりを利用してリズムをつけ、空白が視線の「休息点」として機能することで、奥行きと空気感の調和がとれます。次の画像を参照してください。

一部を曖昧に描くことで空間の解放感を出す

第3回個展出品作品 パーティーの後でⅡ 2021 F4 鉛筆画 中山眞治
すべてを明確に描き切らず、部分的に輪郭をぼかしたり、情報を省略したりすることで、空間が広がるような印象になります。
とくに、背景や遠景にこの手法を用いると、画面全体が呼吸しているような自然な空気感が生まれます。余白と重なりを意識した構成は、空気感の表現において非常に有効な技法です。次の画像を参照してください。


鉛筆画中級者の人の段階では、描くべきところと描かずに残すべきところの見極めが、作品全体の完成度を大きく左右します。
練習課題例(空気感と奥行きを描くための鉛筆画トレーニング)

ノーマ・ジーン 2021 F4 鉛筆画 中山眞治
本章は、今回の記事内容に対応した中級者向けの練習課題3つです。
それぞれ、奥行きや空気感を視覚的に伝えるための、構成力と描写力を高める練習になります。
課題①:手前と奥のコントラスト(明暗差)を使って3層構成の静物を描く
- 近景・中景・遠景の3つにモチーフを配置し、それぞれに異なる線の明瞭さと濃淡をつけて描く。
- 近景は輪郭と影を強く、遠景は輪郭を曖昧に、陰影も淡く処理する。
- 遠景には、ぼかしを入れて空気の層を表現。

課題②:線の方向と密度で広がる空間を表現した風景画を制作する
- 木立や道などを用いて、線の方向性と密度変化で遠近感を作る。
- 手前は縦や斜めの濃い線、奥に向かうほど横方向の淡い線で構成する。
- 地面や空に流れる線の動きで、空間にリズムを与える。

課題③:一点透視+空気遠近法で奥行きのある街並みを描く
- 消失点を設定して、建物や道を描きつつ、遠くに行くほどトーンを明るく・淡く変化させる。
- 中景と遠景にグラデーション(階調)を入れ、空気の層の厚みを表現。
- 人物や車などを重ねることで、空間の層を強調する。

まとめ:空気感と奥行きを鉛筆画で表現するために

青木繫記念大賞展 奨励賞 2001 郷愁 鉛筆画 中山眞治
鉛筆画における空気感とは、単なる遠近の再現ではなく、画面全体に漂う空間の雰囲気や光の拡がりを感じさせる演出のことです。
鉛筆画中級者の人がこの表現を習得するには、単なる技術だけでなく、観てくださる人の目線や感覚に訴える構成と描写が不可欠です。
以下に、空気感と奥行きを実現するために押さえておきたい、5つの重要なポイントを振り返ります。
空気感を演出するための5つの要点まとめ
- 近景と遠景のコントラスト(明暗差)を明確に分けることで、画面に視覚的な奥行きが生まれる。
- 線の密度と方向を操作して、空間のリズムと広がりを演出する。
- 遠近法を応用し、空気の層が重なるような空間設計を行うことで、自然な奥行きが強調できる。
- グラデーション(階調)を駆使して、空間の厚みや光の流れを表現し、空気感を可視化する。
- 余白や重なりを意図的に配置し、描かない空間の力を活かして、自然な空間構成を生み出す。
このように、奥行き(遠景)の演出とは、ただ遠近法を使うだけのものではありません。
濃淡、線の動き、形の配置、そして描かない部分の意味を理解し、意識的に構成することで、空気感を画面に留めることが可能になります。
鉛筆画中級者の人はこの段階で、観察から得た情報をすべて描くのではなく、どこを強調し、どこを省略するかの選択眼を磨くことが求められます。
鉛筆という、限られた表現手段だからこそ、空気のような曖昧で柔らかな存在を描くことに重大な意味があります。
光と影のバランス、視線誘導の設計、グラデーション(階調)の滑らかな移り変わり。それらを一つひとつ意識的に扱えるようになれれば、鉛筆画の表現力は確実に深みを増します。
最後に、描くことに加え、「どのように空気を感じさせるか」という視点を持ち続けることが、さらなる表現力へのステップとなるでしょう。
ではまた!あなたの未来を応援しています。
制作対象を描く際に、その距離と関係性を明確にし、視線が自然に奥へ進む構造を意識することで、画面に深みと静かな空気の流れが宿ります。